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不具合
僕が誰かに頼みごとをしないようにしているのは、結局断られた時の記憶をずっと記録してしまうから、自己防衛をしていただけだ。
でも、彼女のガラス細工職人としてのスタートラインに僕は一緒に立ちたい。進んでいく彼女を見つめていたい。健ちゃんは彼女に恋をしても多分無駄だと言った。
僕も恋をして仮に嫌な思い出が増えていって苦しくなるのは嫌だけど、恋をはじめなかった後悔の記憶も残したくない。「大切にするから」唖然と口を開けて僕を見る彼女を見て、僕は人生初の経験をした。
この人、誰だ? 顔が初めて会った時と違う。メイクのせい? いや、そんな簡単な変化じゃない。顔の輪郭も髪の長さも、思っていたのとなんか違う。
そういえば、初めて会った時、服はどんなだった? 声には覚えがある、会話も覚えている。けど、彼女の顔や服装、体形も肌の色も鮮明に記憶されてない。こんなことは人生初めてだ。
毎日城間さんのことを考えていたのに、そういえば随分と曖昧な記憶だった気がする。顔がちゃんと記録されていない。僕は全部覚えているはずなのに、忘れたって言うのか? そんなこと今まで一度もなかった。
可愛い人だって今、目の前にいる彼女を見ても思う。前と同じ感覚で可愛くてドキドキしているのに、顔と体形、それから着ていた服なんかも思い出せない。
「優、どうかしたのか?」
「え」
「顔色悪いぞ?」
健ちゃんの顔はわかる。短髪で右耳だけにフェイクピアスをしていて、服装を毎日替えるほどの衣装持ち。今までの会話も一緒にとって来た行動も全部思い出せる。
じゃあ、なんで城間さんだけこんなことになっているんだ。
「それで、城間ちゃんは優に作品売ってくれるんですか?」
僕の動揺をよそに、健ちゃんは僕の見覚えのない彼女に話しかけた。
「うん。いいけど、本当に買ってくれるの?」
僕は自分の記憶に初めて傷がついたような気がした。今まで一度も記憶が曖昧になったことはない。ベビーベッドで寝ていた赤ん坊の時、天井にぶら下げられていた玩具だって思い出せる。
今まで記憶してきた景色も出会った人も絵に描くことだって出来るくらい何もかも鮮明に覚えているはずの僕が、可愛いと思って一目惚れに近い感覚を持った彼女の顔を忘れるなんてありえないはずなのに。
「売ってください」