「確かにそうかもしれません。加減みたいなものをいつも考えるようになりました。人は、バランスが大切だと周りのできる人たちはよく言います。何事にもバランスが必要だと。私にはそのバランスが一体なんなのかがわからない。バランスを意識的に保てるということは、それは、本質ではないのではないかと思ってしまう。もちろん、無意識にこれ以上ないというバランスで生きている人もいるかもしれない。でも、私は未完成で不安定だからこそ、ほんの少しの大切なものや必要なことを見極めることができるのではないかと思っています」
「本質を表に出さず、なんとなく、うまくやれるようになった」
私は彼の言葉に、自分が裸になっていくのがわかる。
「そうです。私が思う本当を言わないほうが、人との関わりがうまく進み、いい意味で穏やかに過ぎていった。今の仕事がそのやり方を育てるのに、とても良かったのだと思います」
「僕は、とてもいい仕事だと思います」
「ありかとうございます。でも、長く、とても苦しかった。合わない仕事だと今でも思っています。私の仕事は、沢山の人に会って、沢山の景色を見ながら、テレビを観ている人たちが感じることを代弁することが大切なのです。それが観てくれている人たちの共感を生み、その共感が大きければ大きいほどに仕事に繋がっていく。私は芸人や有名人ではないから、個性を売るのではなく、普通の感覚を持っていることが何より必要でした。
最初は、なかなかこの感覚がわからなくて。普通の感覚がなんなのかわからなかった。人の持つ、普通の感覚がわからないから私はずっと孤独なのだと思ってきたから。でも、事だと思うと初めての人とも話すことができたし、聞くことは、とても面白かった。人にはそれぞれに様々な歴史があって、それを知ることは、とても勉強になったから」
「でも僕は、あなたがテレビで話す言葉に嘘は見えない」
「はい。私にこの仕事で向いていることがあったとするならば、感じる力だと思います。景色の美しさや、知らないことを知ることが何より楽しかった。感じるチカラだけは人一倍持ち合わせていました。
だから、そこにあるものに対しては誠実でいられたし、感じることに苦労はなかった。どんものも、とても興味深い。だから、伝えることはできるだけ嘘なく、丁寧にしようと思ってきたのです。でも、仕事を離れた途端に、私は電池が切れみたいに人と関わるのが怖くなるのです」
「枠の中ではうまくできるけど、そこから踏み出して来られると、やり方がわからなくなる、か」
彼はジントニックをもう一杯頼んだ。