第2章 出会い
織田が、「伊藤さん、あなたはどうしてこんなことをやろうと思い付いたのですか」と、尋ねると、
「私は、虫や小動物が大した脳もないのに生まれながらに生きていく術をもって、空を飛んだり餌をとったりして行動するのを見て、人間の記憶とはもっと原始的なところにその原点があるのではと思い研究を始めたのです」
織田はうなずきながら、
「そうですか、私も子供の頃昆虫が大好きで毎日昆虫ばかり見て育ちました。その虫たちは何も教えられることなく生まれつき備わった能力で餌をとり住いを探したり作ったりするのが不思議でした」と伊藤をのぞき込む。
伊藤は、「織田さん、そうでしょ。生まれたばかりの虫が空を飛んだり自分の食べる葉や花の蜜を見極めるのですよ。虫に脳があるかどうかは知りませんが、私はそれが不思議でこの研究を始めたのです」と、いきさつを述べた。
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そして織田がもう1つ、夜のことも話しだした。
「夜は星を眺めるのが好きでした。何分教材がないのでただ眺めているだけでも心がワクワクしました。今では都会暮らしなので眺めたくてもほとんど見えないのが残念です」
「星ですか。織田さん、私がソフト開発でお手伝いしている人に、大菊大学の星野教授がいるんですが、星のことなら何でも知っている方です。ご紹介いたしましょうか。ただ難点は、ちょっと変わり者で星のことしか話さないのです。世にいう変人奇人という部類ですがね」
織田が、「伊藤さん、私もあなたも変人ではないですが奇人の部類でしょ」と、笑いながら
「変人奇人、大いに結構ですね。それは面白そうだ、是非お会いしてみたいですね」と、ほほ笑む。
「その星野さんが使う天体観測のソフトをいつも私がお手伝いしているんです。彼の専門はAIを使って、新星の発見と新星の周りを回る惑星研究をしているんです。先月お会いしたときも、オリオン星の何とかやらの方向に新星を見つけて、自分で名前を付けたって言ってましたよ。その名前がえらく面白くて『飛ぶ馬』と書くんだそうです」
「ヒュウマですか。カッコいいんじゃないですか」
「いえ、とびうま=TOBIUMAと読むのだそうです。彼の夢は、新星の発見ではなく本当は人間が移住できる星を探すことなんだそうですがね」
「伊藤さん、星を眺めるだけでしたら、さしてコンピューターなど必要ないのではないですか、すでに開発されているソフトで十分なのでは」と疑問を投げかけると、
「それが彼の研究は、自分で望遠鏡も覗くのですが、それよりも世界中の大型望遠鏡が映し出したデータをもらって、その中から自分の研究テーマを探し出していく方法なのです。そのために取り寄せたデータの加工に専用のソフトが必要になるので、私に開発を頼んでくるのです」