奉公

「伊助、よく戻った。長い間ご苦労だった」

伊助はもう恨み辛らみを言うことや江戸へ行くことなど、すっかり頭の中から消えていた。ただ懐かしさと帰れた嬉しさ、そして年を重ねた両親の姿に言葉が出なかった。

「お父っつぁん、おっ母さん、ただいま戻りました。長い間便りもせず苦労を掛けましたが、そろって元気でなによりです」

「そう言ってくれるか。ありがてえ」

初が燈明の灯った神棚に向かって手を合わせると、小箱を手に取り、平吉の脇へ座った。平吉が膝を改めると伊助に向かって言った。

「この機会に奉公のいきさつについて話しておきたい。おめえが生まれてしばらくして養子の話が持ち上がった。奉公していた九右衛門さんのところだ。そのとき支度金と養子に行くまでの養育料として十五両受け取った。したが、おめえの兄たちが不幸にして早くに亡くなったために、おめえを跡取りにすることになり養子縁組を断った。ところが貧乏暮らしで日々の賄いに金を使いきってしまい、十五両と違約料合わせて二十両を返せなかった。そこでおめえを借金返済の肩代わりに十年という年季奉公に出した。初は泣いておめえを引き留めようと俺にすがったが、それでは一家心中だ。辛抱しかないと思った。心を鬼にして奉公に出した。そのとき俺と初は、どんなにひもじい思いをしてもおめえの給金は俺たちが払おうと決めた」

初が小箱を平吉の元に寄せ、蓋を開けた。中には銅銭がびっしりと詰まっていた。わずかだが金貨や銀貨も交じっていた。

「……ここに三両とちょっとばかりある。わずかだがおめえのために貯めた十年分の給金だと思って受け取ってくれ。本当にすまなかった。だがこれだけはわかってくれ。俺たちは決して銭のためにおめえを売ったんじゃねえ……」

平吉も初も涙を溜めていた。伊助は心の中の靄が晴れていくのを感じた。

「お父っつぁんやおっ母さんがどれほど辛く苦しんでいたか、どれほど俺のことを思っていてくれたかよくわかったよ。俺はこの十年、親に売られたと思ってずっと悩んでいた。俺が間違っていた。親の心子知らずとはよく言ったもんだ。親不幸者だ。苦労かけて申しわけなかったです」

その後、伊助は平吉と相談して銭の一部で初代次郎平・里夫婦の墓を建てた。さらに座敷をゴザ敷きから念願の畳敷きにした。これには、初が一番喜んだ。

伊助は心に誓った。

(俺は家を興し、己を興し、大百姓になってやる。そしてこの大野郷を豊かな実りのある土地にしてお父っつぁんやおっ母さんを幸せにしてみせる)