闇の巫女には人であった時の記憶は無い。この魔境神社の境内にも春になると境内の桜の花を見物に多くの人が訪れる。今は、廃神社同様であっても、人が訪れれば正直巫女も嬉しい。

ただ、多くの人は今この神社が、何のためにあるのかも知らない。やがて修行の旅から帰って来てくれるはずの白狐の雪、今はどこで何をしているのだろうかと思うことが多くなった。

人の身体をしているが、人でもない。だからと言って神でも魔界のものでもない。今の巫女にできる力は、さまよう人の魂を天界に導いたり、汚れた魂を魔界に献上したり、魑魅魍魎ちみもうりょうの浄化ぐらいだ。

人の願いを叶えてあげることはできない。そういった意味で心苦しく思うことがある。それでも楽しい夢を見ることがある。名前も知らない男の子ではあるが、神社の境内で巫女と遊んでいる。

夢は不思議なもので、日没になるとその男の子は現れる。そして日が昇る前に杜に帰って行く。巫女も昼間は寝ていて、夜になると起きている。

ある日の夜、男の子が、杜の外に行こうと誘う。巫女がこの境内から出ることはできないと断ると、男の子は悲しそうな目をした。

その夢を見てから数日経ったある日の夜。一人の少年が神社に現れた。