ようこそワイルダネスオブミラーへ
その後何も連絡は無く、そのフォローも事後インタビューも無かった。私は気にとめることもなかった。これは諜報共同体での生き方であり、分室化の一つと言える。
【人気記事】JALの機内で“ありがとう”という日本人はまずいない
でもある考えが気になったボリスとナターシャがロシアのスパイでなかったなら、どうなのか?
もし彼らがアメリカ防諜部から送られた役者で、私の忠誠心をテストするものだったとしたら、どうなのか?
これは私の仕事の微妙な意味合いと世間に知られたプロファイルを考慮するとあながち突飛なこととも言えない。もしそうなら、面接に合格したといえる。ようこそワイルダネスオブミラーへ。
何百エーカーの土地に建てられたCIA本部と付随建物は、木々と網のような小径に囲まれていて、その小径をスタッフが朝や、昼食時にジョギングしたり散歩している。
大学のキャンパスの雰囲気というのが1953年から1961年にかけてCIA長官であった伝説のスパイ、アレン・ダレスの目指すところだった。