のどぐろの骨
健吾は先日のママとの一件があったのでしばらく冷却期間を置いて、美代子と食事の約束をした。銀座七丁目にある魚専門の料理屋で個室仕立てになっているのが気に入ったので予約を入れていた。夕方七時の予約時間に直接お店で会うことにした。
【関連記事】「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。
美代子は、いつもと変わらない笑顔で七時を少し過ぎた頃に入ってきた。
「済みません待ちました?」
と声を掛けて席に着いた。
「お店の場所はすぐに分かった?」
「はい、事前にインターネットで調べて来たから、並木通りの新橋駅寄りだったから新橋から歩いてきました。素敵なお店ね、初めてですか?」
「僕も初めて、ゆっくり出来る個室の席がいいと思ってインターネットで検索した」
店員さんがメニューを持ってきたので、ページをめくると〝のどぐろ〞を専門に扱っているらしくおススメとして〝のどぐろ〞の煮魚を先ずオーダーして後はお店の本日の旬の魚のお刺身や野菜の煮物、吸い物を店員さんと相談しながらとりあえず注文した。
健吾は、母親とのいざこざの件があったので、初めは世間話で和やかな雰囲気を作ろうとした。最初に注文した〝のどぐろ〞の煮つけがテーブルに運ばれてきた。姿煮だからぱっと見で二五センチ位はあった。
美代子の見ている前で箸を右手に持ちながら躊躇していた。
「どうしたの?」
と声を掛けると健吾は
「家で魚を食べる時には、いつもママが骨を先に除いてくれるんだ」
「そうなの、お子様みたいね」
と少しからかいながら心の中で〝この人は親離れしていない〞と思いながら、
「じゃあ、今日は貴方のお母さん役になってあげる」
と言い自分のテーブルに置かれた〝のどぐろ〞の骨をきれいに取り除いて「ハイ」と彼に渡した。
素直に「ありがとう」と言いながら一口、口に含み
「うわさには聞いていたが美味しいね」
と満足した表情で次から次へと口に含んだ。
〝のどぐろ〞を完食して店員さんが器を下げに来た後、しばらく静寂の時間が流れ、お茶を一口飲んだあと健吾がおもむろに
「二人の事を先日ママに話したんだ。一つ失敗だったのがこれまで約二年近くお付き合いしていながら両親には美代子さんの事を話題にしていなかったのだ。
だから先日、夕食時にママに事の次第を話したら、初めて聞く〝美代子さん〞の名前を聞いてびっくりしたらしく激怒して『私は認めませんよ』と言ったきり僕の言うことに耳を傾けてくれなかった。
ママは結婚に関してすごく保守的で恋愛を基本好きではないみたいで、息子の相手は親が決めるという態度だった。少し考えが古いんだよ。でも小さいときから何でもママが決めて僕はそのレールの上を歩いてきたから、今更反抗できないし」