7月29日。沖田刑事は、二宮啓子殺し事件の捜査資料を、警察の二階の部屋で整理していた。その日は朝からうだるような暑さだった。クーラーなどまるで効き目がない。
暑さが部屋中によどんでいた。あまりの暑さに、彼は仕事の手を休めて窓から外を見た。街路樹の葉も心なしか元気がないように見える。人影もまばらだ。自動車だけが、ボデーをギラギラ光らせて街道を疾走している。
「ああ、今日は本当に糞熱いなあ。これじゃ、仕事にならん」
と沖田がひとりごとを言った直後である。
「沖田刑事、また殺人事件です!」
階下から若い巡査が駆け上がってきた。
「えっ! またか、それはどこだ?」
沖田刑事は、怒鳴るような声で訊いた。
「それが、香村刑事の家のすぐ近くなんです。人妻が殺されたんです」
「何だって? 誰だ、殺やられたのは?」
「はい。被害者は若山洋子。今、旦那から通報が入りました」
沖田刑事の顔は、恐ろしくひき歪んだ。若山義男が、朝、自宅にて洋子が殺されているのを見つけ、知らせてきたのだ。
義男の話によると、彼が夜勤から帰宅し、ブザーを押しても応答がないので、合鍵を使って家に入ったところ、室内がひどく荒らされていた。びっくりして室内を探したら、妻がスリップを身につけたまま、体を〝「く」の字〟に折り曲げた状態で浴槽内の水に浮いていた、とのことである。
被害者、洋子の首に圧迫された痕があるところから、殺人事件と断定し調べたところ、死体の状況から死亡推定時刻は28日夜。首をタオルのようなもので絞められたらしく、死因は窒息死とわかった。