ウズメと盛江
笹見平の貨幣計画は、地道な指導の繰り返しにより、少しずつ確実に各集落の代表者たちに理解されていき、ついに教えることはなくなった。
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あとは貨幣制度を断行するのみである。林はためらったが、どれだけ教えても不安は拭いきれない。やるしかないのである。
その不安をいくらか和らげてくれたのは、当の縄文人たちだった。ともに過ごすうちに、友だちらしい意識が芽生えていった(例のならず者集落だけはなかなか打ち解けなかったが、特に問題を起こすわけでも無かった)。
なにより笹見平に都合が良かったのは、代表者の間に現代日本語が浸透していったことである。
「カヘー、うまく、いく、良いです、ネ」
そんなことを言ってくれた人がいて、林は心中ガッツボーズを決めたものだ。
なみいる集落の人間関係で一番の「仲良し」になったのは、ウズメと盛江であった。もっとも、友情というより恋慕の情である。
この二人はもはや誰にも隠し立てしない良い仲となっていた。
ウズメは鎌原の代表として貨幣の手伝いの時にだけ笹見平にやってきたが、盛江はそれだけで足りず、時間を見つけては一人で鎌原へ行った。そして暗くなるギリギリの頃、泥だらけになって帰ってきた。
ただの逢瀬で行くと鎌原の長老の目が厳しい。そこで盛江は、「笹見平を手伝ってくれたお礼」という名目で、畑や土木作業を手伝いに行き、合間にウズメと会っているのである。
「で、どんな具合なんだよ」
ある晩、砂川は、寝床でしなだれている盛江の脇にあぐらをかいた。盛江は疲労でぐったりしていたが、顔を砂川に向け
「最近、だんだん要求が大きくなってきてな」
「要求?」
砂川は生唾を飲んだ。
「要求って、お前――一体どんな要求なんだよ」
興味津々である。盛江は大あくびを一つ経て、
「今日は朝から石運び。午後は土手を踏み固めて、その後、みんなで大きな木を引き倒した」
「要求って、そっちかよ!」
砂川は呆れて手を振った。
「俺が聞いているのはウズメさんとのことだよ」
「ああ、そっちか」