「お前、彼女がいたことないだろ! だからそういうことが言えるんだ。俺とウズメは、見つめ合って良い感じ――そのくらいの関係にはもうなっているんだ! だがその先に進もうとすると、俺たちの間を阻むものがある。俺はそれがもどかしくて!」
「『その先』って何だよ」
「お前、どんだけ初心(うぶ)なんだ? 見つめ合ったその先っつったら、キスに決まってんだろ!」
「キス!」
砂川は大袈裟に繰り返した。
「そう! それを阻むのはマスクだ。あの感染防止用のマスクだよ。あの布っきれさえなければ、俺はすぐにでも唇に飛びついて――」
盛江は目を閉じ恍惚とした。砂川は顔をしかめ、
「あの布が無かったら、お前が終始ニヤけてるのがバレて、かえって気持ち悪がられるかもしれんぞ」
「うるせえ。もう一人にしてくれ。俺は俺の恋に、今すぐにでも狂い死にしそうなんだよ」
盛江は吐き出すようにそう言うと、床に身を横たえ、頭から毛布をかぶった。
「おい、みんな」
砂川は、奥でボロボロのトランプで遊んでいる男子大学生らに向かって言った。
「盛江はウズメさんに恋焦がれて狂い死にするらしいぞ」
「へえ、そうなんだ」
林が飄々と答えた。
「良かったね、盛江君。現代じゃフラれっぱなしだったじゃないか。きみはどこか縄文時代向きなんだよ。ぼくにはそんな気がしてた」
「黙れ! どいつもこいつも、妬むにもほどがある!」
毛布の中からこもった声が聞えた。