わたくし、棟方と申します

「あ、ちょっと待ってください」

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橘子は相手を止めた。

「すみませんけど、あの、おにいさま─て、どなたのことです?」

少なくとも自分に向かって、おにいさまとはありえない。一人っ子だもの。だから、妹さんと言われることだってありえないのだった。

「どなた?」

棟方さんはおおきな眼を一層丸くしながら復唱した。

「まあ、もう、あなた、勘違いしていらっしゃるわ」

橘子ははっきり告げようとした。

「勘違い?」

「ええ。勘違いか人違い。だって─」

「人違いって、こちら檍原(あわきはら)さん─」

棟方さんはゆっくり橘子の苗字(みょうじ)を口に出した。

「ええ、檍原です。表札も出ていますから」

尤(もっと)も、「檍原」という字だけで「あわきはら」と読むのは普通の人には困難だ。やっぱりうちを訪ねてきたのかしら。人違いではない。

でも、この家に、兄も妹もない。

「ですから、こちら、檍原さんのおうちで─」

棟方さんはもう一度確認するように、でも不安そうな様子で言った。何度もおなじようにくりかえすばかりなのに、橘子はうんざりしかけていた。

が、その後に続いた言葉はききのがせなかった。