第二部 教団 第二章 報告 六

村上はなかなか戻ってこなかった。風間はその間、応接間を眺めていた。ひときわ目を引くのが、アールヌーボーの花瓶である。その横にも、様式は分からないが、古い時計が飾ってある。

ガラス棚には、日本各地の人形が飾ってあった。これは悦子の趣味だと聞かされたことがある。時計が鳴ると、人形たちが踊りだしそうなリアリティーがあるな、そう思いながら、風間はいつもそれを眺めるのだ。

いずれにせよ、2DKのアパートに一人暮らしをしている風間には、思いもつかないような暮らしである。十五年の歳月と言うものは意外に長いものなのだなと、風間はひしひしと感じる。うらやましいわけではないが、昔の友人たちと違ってしまった人生を思うと、妙にさびしいのだ。

十時半になっても村上は戻ってこなかったが、代わりに悦子が顔を出した。

「まだ長引きそうよ」

と悦子は言った。

「もう遅いから、お帰りになった方がいいんじゃないかしら。でもね、風間さん」

悦子は、帰った方がよいなどといったことは忘れたかのように言った。

「このごろいらっしゃらないのね。だめよ。時々は顔を出さなきゃ。まごまごしていると、本当に香奈ちゃん、お嫁さんに行っちゃうわよ」

悦子は闊達な気性だった。他の人がタブーにしている風間と香奈のことも平気で口にする。

「香奈ちゃんはね、風間さんのことが好きなのよ。風間さんも、香奈ちゃんの気持ちを汲んで上げなきゃダメ」

「まあ、いろいろとあるんですよ」

風間は弁解した。実はこのごろひと月ぐらい香奈とは会っていない。少し深刻なけんかをしてしまったのだが、村上にはその話はしていない。

「じれったい人ね」

悦子はたたみかけた。

「いったい風間さんにはその気はあるの。ないの」

何ともこたえようがない質問に風間は答えをはぐらかした。

「僕は、春以来、まともな仕事をしてないんですよ」

「あら、そんなこと関係ないわ」

悦子は少し声を大きくした。

「おせっかいかもしれないけど、うちの主人が、風間さんが本当に働く気なら、仕事はいくらでもあるんだがなっていってるのよ」

そういうと、風間の顔をじっと覗き込むようにした。

「プライドを傷つけたんならごめんなさいね」

風間は笑い出した。

「ご心配なく。僕がプライドを持っていたら、多分今よりましな生活をしていると思いますよ」