わたくし、棟方と申します
第一印象からそうとらえていたのは確かだが、笑顔によって魅力が解放されて一層光るようだ。鏡にうつる自分はこんなに綺麗だろうか。馬鹿ね。鏡のように感じても、顔がそっくりなわけじゃない。
そんなことをおもいながら、橘子は口許の緩みが眼許にもおよんで、笑顔が生まれているのを感じた。あら、今度は自分が鏡をなぞっている。そして、おもわずくすっとわらった。その反応に、はっとする。
なにに自分がわらったの? わからないわ。わからないからわらっちゃう。おかしいわ、私は。おかしい。
自分のことをおかしく感じるのはよくある──だから相手に「御免なさい」という場面がよくあって自分でも困る──けど、今おかしいのは私ばかりじゃない。
抑々、わからないのは挨拶のあとの「妹さん?」という質問。その謎を放っておいて、似た相手との間で鏡ごっこ(という言葉あるのかしら?)のようなことをやって、ぽかんと口を開けたり、緩めたり、とかとか、まるで意味がない。
もう一度、相手の女性を誰なの?とおもって注視する。相手の女性は、さっきの笑顔から今度は様子を探るような眼の表情にかわっている。それを見て、あ、また自分もおなじ顔なんだろうとおもえば、また鏡の再現。鏡のなかの鏡になったら、もうきりがないわ。
終に橘子は、自分から鏡の反映を断ち切ろうと、「あなたは?」という声を放った。すると、相手の女性が軽く会釈しながら、ちょっと緊張したような声で静かに言った。
「いきなりお訪ねして、申しわけありません」
漸くだった。型どおりの挨拶であるけれども、ここから普通に用件が話されて、ちゃんとした会話ができるだろう。ともかくまずはあなたからお話ししてくれなくちゃ。
「わたくし、棟方と申します」
相手が名前を言った。本当に当たり前のことだけれども、ともかくもほっとする。
「おにいさまと、あのー、……」
おにいさま
─なに、それ、と橘子は呆気にとられた。初めとおなじようなわけのわからない言葉をまた─
妹さんに、おにいさま、って。誰よ、おにいさまって。一体、なに言ってるの?
相手の女性もそこで言い淀んで、つぎの言葉がすぐには続かなかった。続いたところで意味があるはずはない。かの女の勘違いは明白だった。