一般社団法人『Tradition JAPAN』代表で、着物活性プロデューサーである矢作千鶴子氏の書籍『きょうは着物にウエスタンブーツ履いて』より一部を抜粋し、日本の重要な財産である「着物」について考察していきます。

この場で自分の何が求められているか心得る

20代で旅行雑誌のイラストを頼まれた時のことです。「こんな感じと同じものを」とサンプルを渡され、イラストを描きました。それは、有名イラストレーターに似せた〇〇風がオーダーでした。

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「なかなかいいね」と褒められ、ほんの数か所の直しを要求されたあと、納品した時のことです。出版社に直し終えた絵を渡すと、編集長の表情がみるみる変わって「キミね、何故こんなに直したんだ? あなた好みの絵なんて望んでいないんだよ!」と怒られました。

「こんなふうに描いて」と、名もないイラストレーターへの依頼だったことを知りながら、要求されていない自分らしさを出してしまった私でした。

『こんなふうに描いてと言われた私は、褒められたことで有頂天になってしまった。いいね〜と言われたのは、〇〇風だったからなのに……』

ほんの少しのイメージの違いで雑誌の内容と合わなければ、売り上げ減少につながる。責任ある立場の人が細心の注意を払って積み上げてきたプロジェクトの中で、大きな勘違いをしてしまったのです。雑誌は表紙を修正する時間がなかったとのことで、そのまま出版されたのでした。

映画の配役に抜擢された役者が、ありのままの自分を捨てて配役に成り切る。役者に求めるのは『成り切り』の才能。役者が配役に成り切れないただの目立ちたがり屋だったら、観客に作品の思いなど伝わるはずがありません。