雪の行先は、生が幽閉されている小屋であった。小屋の周りでは数人の村人が見張っていた。万が一にでも逃げ出させないためであった。雪は見張りの村人に話をすると、一時だけ話す時間の許しを得た。引き戸が開けられ、雪は真っ暗な小屋に入って行った。
小屋の隅には、おそらく恐怖と不安で泣き疲れたのか、生が眠っていた。小さな声で生の名前を呼んだ。生は声の主が誰なのか一瞬で分かったであろう。雪が差し伸べた手を握った。
恐怖は去り、生の表情も穏やかになった。雪と生は幼い頃の楽しい思い出を語った。春の花咲く野山、夏の新緑と湖での水遊び、秋の紅葉の野山、冬の雪遊び。話は尽きなかった。どれくらい話したのだろうか、東の空が白みはじめていた。
雪は「生、白狐と共に生きよ」と生に告げた。小屋を出た雪は、森を抜け、龍神様の祠に走った。その脇には白狐も並走していた。湖の畔に着いた雪は、白狐に命を下した。「ゆき、これまで私と共にあったこと、ありがとう。私はこれから人柱として龍神様の元に行く。ゆきは生と共に生きよ。これからは生と共にこの地を守れ、人も動物もこの泉と共に守れ。解ってくれるな、ゆき」。
まさに東の空が明けようとした時、雪は龍神様の祠に消えていった。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『眷属の姫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
・天狐 陽姫(ようひめ) 狐眷属界最高位天狐族の姫。
・天狐 月姫(つきひめ) 狐眷属界最高位天狐族・陽姫の双子の妹。一時(いっとき)、策略で魔界の妖狐一族にいた。その時に得た力と天性の天狐族の力を合わせ持つ。別名・夜神様。
・陽炎の姫(かげろうのひめ) 狐眷属界陽炎族に所属する。伏見稲荷の主様直属の特殊部隊に所属する。守りのエキスパート。心部に入り込んだ穢れを自ら心部に入り浄化することができる。元は人だった。
・魔境乃の姫(まきょうのひめ) 現世と魔界との魔境門を管理する門番。立場は中立であるが、その姫の力量により左右される。全国には、十数名の魔境乃姫がいる。
・樹海の姫(じゅかいのひめ) 霊峰富士の裾野に広がる樹海にある魔境門の門番。魔境乃姫の中でも特異の力を持っている。月姫とは深い関わりがある。
・龍神稲荷神社(りゅうじんいなりじんじゃ) 平安時代創建の神社。巫女・雪が贄となった、龍神湖の湖畔の高台にあり、遥か霊峰富士を望む場所に鎮座している。
・巫女・依姫(よりひめ)伝説の巫女・雪の生まれ変わりと言われる現代の最強の巫女。
・巫女・依生(いな) 依姫の娘。未来を予知することができる。
・巫女・天月(あづき)依生の娘。祖母が依姫。最強の力と人柄からか、眷属の垣根を超え、さまざまな眷属から厚い信頼がある。天月にひとたび危機が訪れると、この世界のすべての眷属が集結するとされる。
・葉月(はづき)天月の娘。父親は反転世界の住人。力は未知数。