「この頃、フィレンツェ、ヴェネツィアと、両方の画廊の経営が酷い不調続きで、殆ど利益の出ない日が続いていてね、わずかなこととはいえフェラーラに対する支援も厳しくなっていた。絵の世界といえども才能だけでは駄目だ。特にフェラーラのような絵は、特別な売り出し方や強力な後ろ盾が必要だと、私は強く主張したんだ。良い絵であれば、最後には必ず認められると言い張ってきたフェラーラだったが、このときは死んでから有名になるのでは意味がないし、などとも言って、結局、人脈や金も必要だと分かったようだった。こちらとしてもフェラーラを売り出すことが、ギャラリー・エステの存亡に関わる経営上の重点課題にもなっていたからね」

「画廊の経営ってそんなものですか?」

「そうさ、いつも危うさでいっぱい。常連の顧客かスター画家でも持たなければ実際厳しい。そんな折、私は久しぶりにロンドンへ出張で、ロイドのヴォーン会長に会った。ご承知のように、当時、彼はロイドの全部門を実質的に掌握していてね、ロンドン美術界の権力の中枢を担っていた。ここだけの話だが、彼が支援すれば評価が上がって稼げる画家にもなれた。だが、ひとたび彼の機嫌を損ねれば、たとえ能力があったとしても、売れない画家のままで終わってしまうと、巷で囁かれる存在になっていた。会長にそう言うと、彼は驚いたような顔をした。『コジモ、そんなことはあり得ない。実力だけがものをいう世界だ』たとえ彼自身望まなくとも、多くの取り巻きに囲まれ、もはやそういう存在になっている自分の位置は良くわかっていたと思うよ。もしそうでなければ、この話などとても実現しなかったからね」