インドの人々に内在するヒンドゥ教

入院期間中、“郷に入りては郷に従え”とはいうものの、チャンドラ・セカランさんに、より快適な入院生活を送ってもらうためには、彼の故郷における日常生活のあらましを知る必要がありました。

ここで、彼を理解する上でのインド宗教、食生活や日常の言葉などについて述べましょう。インドは“宗教国”といわれるように、世界中の主なる宗教がほとんどそろっています。

ヒンドゥ教を筆頭に、イスラム教、キリスト教あり、仏教が誕生したのもこの国です。多くの日本人が宗教にはあまり関心を示さず、せいぜい、冠婚葬祭で神社・仏閣にお参りするのが大半でしょうが、インドでは、宗教が一般の人々の日常生活の中に深く根ざし、いわば宗教が外側に“形”として存在するのではなく、人々の内側でその生死を支えているのがインドの人々の宗教であると思われます。

チャンドラ・セカランさんは、真摯(しんし)なHindu教徒です。Hinduは“India”の語源といわれ、ヒンドゥ教はその名の通り“インド教”ということになります。

それは、インドの社会生活のあらゆる面と密接に絡み合っていて、単に宗教としてだけ説明するのは大変難しいといわれています。

信仰を持たない人々がほとんどいないといわれるインドでは、そのルーツを外国に由来するキリスト教やイスラム教徒以外は、すべてヒンドゥ教徒といっても過言ではないといわれます。いわばインド人は、ヒンドゥになるのではなく、ヒンドゥとして生まれてくるのだといわれます。

紀元前一五〇〇年頃からインドに侵入してきたアーリア人は、独自の神々を信奉していました。祭式を司るバラモン(僧)が強力な支配権を持っていたため、バラモン教と呼ばれていました。

この宗教は、インド先住民の持つ宗教観念や土者の神々を次々に取り入れながら変化し、ヒンドゥ教へと発展していったといわれています。ヒンドゥはその由来からして多神教に見えますが、それらの神々はすべて独立してあるのではなく、いわば宇宙そのものである唯一至高の存在が、個々の神格の形をとって現れたものと考えられています。

進歩的なヒンドゥ思考は、その至高の存在が、他のいかなる宗教にも共通するとみなしています。つまり、「幾つもの小川が流れこそ違っても、やがて一つの大河に注ぐように、すべての宗教が目指すゴールは一つである」と、極めて抱擁力の大きい宗教とみなされます。

したがってヒンドゥは、他の多くの宗教と違い、特定の開祖や聖典を持たず教団として組織もされていないにもかかわらず、インド人の八三%がヒンドゥ教徒だといわれるゆえんなのです。

日常生活でもカースト制度を守り、特有の儀礼や風習を続けることを法(ダルマ)にしている点で、共通性を持っているといわれます。

さて、今でも日常生活の中に根づいているといわれるカースト制度についても触れたいところですが、割愛し食生活に話題を移しましょう。

インドの人々の食生活

インド料理といえば、すぐカレーライスを連想しますが、インドでは都会から田舎までどの店に入っても、あの日本風のカレーライスにありつけないことには驚きました。

日本で味わえるカレーライスは、先祖がインド料理であっても、植民地時代にそれがイギリス化され、日本に輸入されてさらに日本人の好みの味に改良された食べ物で、今では我が国でしか味わえない日本料理の一種とでもいうべきでありましょう。

我が国では、カレーというと、まずは肉と幾種類かの野菜を用意しますが、インドでは肉にしても野菜にしても一品のみを使うのが普通で、そのため、材料と味付けの違いによって料理名はさまざまです。

食堂のメニューにも“カレーライス”は見当たりません。

十数種類のスパイスの利いたカレー料理と、チャパティという本場のインドの味を一ヵ月近く味わっていると、ふと日本のカレーライスを味わいたいという気がするほど、インド料理と我が国のカレーライスは異なっています。

インド各地のロータリークラブの例会に出席し、昼食を共にしてきましたが、例外なく、どこでもヨーグルトに極めてスパイスの効いたカレー料理で、紳士諸公が右の素手で巧みに料理を口に運んでいます。“郷に入りては……”ということで我々も真似てみましたが、なかなかうまくはいきませんでした。

西洋人はフォークにスプーン、また日本人は箸を使って食べ物を口に運び味わいますが、インド人は指先の感触で一度味わい、さらに舌で二度も食事を楽しむことができる幸せがあると、話し好きな彼らは得意げに説明をしてくれました。

インド料理を理解するには“Masala文化”を知らねばならないといわれます。ある国の料理は、その民族の感覚、知恵、伝統がそこに表現されているという意味で、一つの重要な文化であることを学ぶことができました。

日本料理では醤油(しょうゆ)や味噌が味付けに欠かせないものですが、これに相当するものがインド料理では“Masala”です。Masalaとは主に植物の実、種、葉、根から作られた香辛料のことで、その種類も多種多様です。

インド料理では、このMasalaを巧みに調合したものを加えて香りや味をつけます。インド料理のほとんどが、このMasala抜きには考えられず、時には数十種類の香辛料が一つの料理に使われるといわれます。

Vegetarian とnon-vegetarian

インド人は、肉類を食べるか否かによって、菜食主義と非菜食主義に分かれています。宗教的理由によって肉類を一切食べないvegetarian は不殺生のミヤイナ教徒をはじめ、ヒンドゥ教徒に多く、それも上位カーストの者ほどこの戒律は厳しいといわれます。

信心深いvegetarian になると、魚、肉類だけでなく、卵も口にしないそうで、乳製品や豆類を蛋白(たんぱく)源としているように思えます。

non-vegetarian は一般にイスラム教徒、シーク教徒やキリスト教徒です。このvegetarian とnon-vegetarian の区別は極めて厳格で、食堂によっては、同席を嫌がる両者のために食卓を分けているところもあるくらい徹底しています。

生活習慣のうえで、我々日本人の感覚ではうかがい知ることのできないことが多いお国柄です。