「そういう可能性まで考えるとですね、キーボックスに行って車のキーを取ってきて、冷却水を抜くということができる時間の範囲が大きく広がってきまして、犯人を絞り込むことが非常に困難なわけですよ。それでなにかほかにわずかな手がかりでもないかと、こうしてお邪魔させてもらっているのですが……」

「ああ、そういうことですか」沙也香はようやく納得した。

「そういうことですので、もしなにか思い出したり、気がついたりしたことがあれば、わたしのほうへ連絡をいただけませんか」

といいながら、松岡は名刺を差し出した。

「わかりました。なにか気づいたことがあれば連絡いたします」

「ではよろしく。忙しいところをお邪魔しました」一礼して松岡刑事は帰っていった。

沙也香はリビングに入り、ドスンとソファーに腰を下ろすと、大きく息をついた。

松岡がいったように、事故の二日前から冷却水を抜いておくという可能性は考えられることだ。思い出してみると、たしかあの日高槻が電話してきたのは、夕刻に近い時間帯だった。するとその日に車に細工をするのは無理かもしれない。では次の日しかないことになるが、ここに来る約束の時間は午後一時過ぎだった。時間の余裕をみると、大学を出たのは午前十一時半ごろではないだろうか。当日の朝、車から冷却水を抜くにはあまりに時間の余裕がなさ過ぎる気がする。すると松岡の推理が当たっているかもしれない。

しばらくそんなことを考えていたが、いまさら考えてみてもしかたがない。事件のことは刑事にまかせ、自分は自分の仕事をするだけだ。

沙也香は小さく気合いを入れ、書斎へ向かった。