追想・東芝3億円強奪事件
広島市の丘陵地にポツンと一軒の建物がある。その建物の横に、一人の男が立っていた。男の名前は、板橋玄宗(げんそう)。男は不動産屋である。
建物は彼が建てたものだ。その建物の中には、自動販売機と広告を差し立てる棚しかない。秋の気配が増してきた空気の中で、男は街を見下ろしながら、フーッと長い息を吐いた。
《俺は不動産屋である。この不動産屋を始めてから、何年になるのだろう》、と板橋玄宗は思った。
板橋玄宗には、この時点からかなりの年月を経て、三上哲夫という親友ができた。だが、ここでは三上哲夫については横に置こう。
《不動産屋は成功した。とても業績がいい。いいことだ。業績については心配無用である……》、板橋はそんな思いを抱いた。すると、その思いと重なって、瞼に忘れがたい事件が浮かんできた。
「イタニー、この鉄板の歪みを消すには、どうすればいい? ちょっと教えてや」
「おぉ、キンちゃん、それは、鉄板の中央から外へ向けて、ハンマーで細かく叩けばいいよ」
「わかった。イタニー、試してみるよ」
こんな会話をしていたのは、板橋玄宗と板橋の子分みたいな金田剛である。
「イタニー」は「板橋兄」であり、「キンちゃん」は「金田剛」の金をキンと呼ぶものだ。二人は東京府中市の東芝工場に勤務していた。試作部門の現場作業員であった。
板橋は22歳、金田は20歳。板橋は現場の万能選手みたいな力を持っていた。板金加工、機械加工、溶接作業、電気関係作業、塗装作業、木工作業、接着作業などである。