恋の傷が癒えないままに、香奈は友人の誘いで兄や小林たちが通うF大学の学園祭へと足を運ぶ。
即席の舞台に早変わりした教室で、兄の友人・野田が演出した劇を鑑賞するのだった。
舞台は急転換していきなり六十年後になった…。
神様、お助けください、私の人生は何事もなく過ぎようとしています。何事もない、このこと以上に残酷な罰があるでしょうか。それとも、神様、それがあなたが私に与えた試練なのでしょうか。
突然、死を間近にした老いた女は叫びだした。もう、うんざりよ。ここでなければどこでもいい。どこかへ連れて行って。私は一つの町が生まれ、成長し、死ぬのを見たのよ。ああ、息が詰まりそう。助けて……お願い……。
女が動かなくなってしまうと舞台は再び初めの場面に戻ってきた。
「レコードって知ってるかい?」疲れたような顔をして眼鏡をかけたほうの男は言った。「ああ、知ってるよ」とやせた男は答えた。「今ではもう誰も使わないけどね、骨とう品のコレクターにとっては、結構面白いものだよ」
「そうかい」と眼鏡の男は言った。「知っていてくれてうれしいよ。あれは確かにCDよりも趣があるからね」
二人はしばらく沈黙した。やがて、眼鏡の男は苦しそうにため息をついた。
「時々俺は幻想にとらわれるんだ。人生は、一枚のレコードに過ぎない。あるとき神様が、気まぐれを起こしてレコードをまわす。すると、いきなり人形たちが楽しそうに、あるいは苦しそうにといってもいいんだが、踊りだす。神様がレコードを止める。すると、すべては一瞬にしてなくなってしまう」
それから彼は呟く。
「すまないな、このごろとても疲れて、変なことを考えるんだ。幻覚に過ぎないことは自分でもわかっているよ」