大学生の小林と高校生の香奈。短い夏とともに終わりを告げた恋。その傷が癒えないままに、香奈は友人の誘いで兄や小林たちが通う大学へと足を運ぶのだった…。
あれから兄ともほとんど口をきいていない。
秋になって、香奈は茜に誘われて、F大学の学園祭を見に行った。
小林から届いた短い手紙のせいで、しばらくの間、香奈は虚脱感に襲われた状態にあった。そんな香奈の状態を見抜いた茜は、学園祭に行って風間の芝居を見ようと誘ってくれたのである。
少し色づきかかった並木道の下は、学生たちの熱気でむんむんしていた。フランクフルトの屋台があれば、一生懸命似顔絵を書く漫画研究会の学生もいる。小林に会うのではないかと香奈は心配だったが、この人ごみでは可能性は少なそうだ。
ほっとすると同時に少しさびしい。兄の村上も、中条や小林と弁論部の公演でもやっているのだろうか。あれから兄ともほとんど口をきいていない。
即席の舞台に早変わりした教室は、若い男女の熱気で初めから蒸れていた。照明が消えると、そこは異次元の国になる。
風間の劇の設定は、分かりにくかった。大道具係はさぞ大変だったろうと思われる。二つの舞台セットが暗転のたびにせわしなく入れ替わる上に、その背後にスクリーンまで用意されているのだ。
初め、二人の男が出てきて、会話した。眼鏡をかけた男と、タバコばかり吸っている目つきの鋭いやせた男だった。眼鏡の男が、ある女に恨みを持っているらしいことは香奈にも分かったが、会話だけでは、それ以上のことは分からない。と、舞台は急転換していきなり六十年後になった。