(七)
「え? あれは眼鏡をかけた男の復讐劇だったの?」
香奈のきょとんとした顔を見て、他の二人は笑い出した。ぼんやりしてたんでしょう、と美咲が言うと、やっぱり香奈ちゃんのお兄さんはよく見てるわ、と茜はいった。香奈はようやく気がついた。
どうやら小林が見せてくれたあの紙切れを知らなかったのは、香奈だけだったらしいのだ。ついでに、美咲が中条と付き合っていることも、香奈はこのとき初めて知った。どうやら、香奈だけがそうした付き合いに無頓着でいたらしかった。
「でもね、いっちゃ悪いけど風間さんの劇、分かりにくかった」と美咲がいった。
「やっぱりちょっと独りよがりなところあるのよね。茜から筋を聞いておかなかったら、香奈ちゃんと同じで分からなかったと思う」
「それはいえてる」茜はストローでジュースを飲んだ。
「風間さんて、なんだかいつも難しいこと考えてるんだ。聞くと説明はしてくれるんだけど、半分ぐらい分からない」
「それで、あの劇って結局何だったの?」
「何だ、美咲だって何も分かってないじゃん」
茜は笑うと、風間の受け売りだがといって、説明し始めた。何でも、人間にとって一番辛いことは、愛の喪失でもなければ死の恐怖でもない、何もすることがないこと、つまり無為である。