(七)
「風間さんが好きなのはね、香奈よ。聞いてる?」
壁際に座った香奈は一人黙々とケーキを食べていたが、いきなり矛先を向けられて当惑した。
「何で分かるの? 風間さんが言ったの?」美咲が努めて明るい声で言うと、
「ううん」茜は首を横に振った。
「でも、分かるのよ。正直者だから。なんだか香奈のことを聞きたがるの、まあ、香奈のせいじゃないからしょうがないけど、わたしこのごろむくれてるの」
「それで、今日も芝居には行ったけど楽屋には行かなかったのね」と美咲は言った。
「実は私も中条さんとうまくいってないのよ」
「ええっ?」と茜が言った。「どうして」
「要するにさ」
「ようするにってなによ?」
「それが、要するに……」
自分から言い出したかったくせに、口ごもってしまった美咲から茜が聞き出したのは、案外なことだった。
中条はいつもはずうずうしく明るい、やかましいぐらいの人間なのに、二人でデートするときには、人が変わってしまうのだと言う。
「女性との付き合い方を知らなくて照れてるんじゃないの?」と聞いた茜に美咲は、
「そうじゃないのよ」と言った。
「決して他人との距離を一定以上に近づけないのがポリシーなんだって。まあ例えば、銀座を一緒に歩くとするでしょう。こちらとしては、できれば恋人気分で、腕にでもつかまって歩きたいよね」
「腕につかまらせてくれない?そのぐらいいいじゃん、わたし風間さんとなんてまだ手を握ったこともないよ」