そなたに、名前をあげましょう。
「入って良し」
『験宝(イエンパオ)』監督官の合図とともに、ようやく、着衣をゆるされた。陽物の入った小箱が、私の手許にもどされた。永年、大千佛寺であずかってもらっていたものである。私はますます、この寺に感謝しなければならないようだ。
東廠(とうしょう)の役人に難癖をつけられたとき、もしもこれを自室に置いていたら、踏みつけられたり、燃やされたりといった憂き目をみていたに相違ない。そうなったら、宮中でお仕えする道は絶たれ、人間ではない異形(いぎょう)として、生きてゆくしかなかった。
翊坤宮(よくこんきゅう)にあがるとき、深呼吸をした。いよいよだ。いよいよ、正戸として、宮中でお仕えする日が来たのだ。それも、九嬪にのぼったあの子に。私は口の中で、端嬪(たんぴん)、端嬪(たんぴん)、主子(チュツ)、主子(チュツ)、とくりかえした。
面前にすすみ出て、拝跪した。
「主子(チュツ)様、ご機嫌うるわしゅう。今日よりここでお仕えさせていただきます、王暢(ワンチャン)でございます」
「顔をおあげなさい」
もう、むすめの声ではなかった。大明朝皇帝の嬪(きさき)としての威厳が、にじみ出ていた。
「わたくしの顔が、見えますか?」
――おずおずと、視線をあげると、曹端嬪(ツァオたんぴん)が、九嬪の座に腰かけて、微笑んでいた。
「これが、あなたの、あたらしい身分証です」
うやうやしく、押し戴いた。
「長かったですね。ご苦労さま。これから、よろしくお願いします」
「私のような者に、もったいないお言葉でございます……」
「宮中では、宦官は、姓氏、字のほかに、宮廷名をもらうのが、しきたりです。そなたに、名前をあげましょう。そうですね……『春吉(チュンジー)』はどうですか?」
吉祥天の『吉』をとってくれたのだろうか。
「仰せのとおりに」
「では、今後、わたくしがそなたを呼ぶときは、『春吉(チュンジー)』と呼びますから、そのつもりで」
「はい」