公庫の融資、県の補助金交付事務といった実務経験をもとに、日本の金融と補助金の問題点を考察していきます。当記事では補助金をめぐる諸問題について、筆者が語ります。
不正の歴史~多久島事件
『補助金制度論』の「討論補助金制度の問題点」で東大教授(当時)の田中二郎が次のような発言をしている。
【人気記事】JALの機内で“ありがとう”という日本人はまずいない
《最近、御承知の農林省の農業共済団体に対する補助金使い込みをめぐるいわゆる多久島事件を契機として、補助金の問題が社会的にも非常に注目されることになりました──この事件そのものは地方財政と直接結びついた問題とはいえませんが──補助金一般の問題として、単に政府と地方団体との関係についてだけでなく一般国民が広く補助金制度に積極的な関心を示すようになりまして、今までの財政的な見地からの問題が、一つの社会問題として注目されるようになってきたといってよいでしょう。》
『補助金制度論』が出版されたのは1957(昭和32)年7月であるので、田中のいう「最近」とはそれ以前のことだ。では「補助金の問題が社会的にも非常に注目されること」になった多久島事件とはどんな事件であったかを見てみよう。
以下の記述は、新田博の『多久島事件の全貌』(農政タイムズ社1956年※以下『全貌』と略す)による。
《昭和31年6月5日の夕方、農林省の安田農林経済局長が記者会見を行った。農林事務官の多久島貞信(当時26歳)が、各県の農業共済団体向けの国庫交付金の一部千二百万円を横領、行方不明となった、そこで農林省は5日に、公文書偽造、業務上横領の疑いで東京地方検察庁に多久島を告発するとともに、職務規律違反で懲戒免職処分にした。なお、警視庁捜査二課もこの事件を内偵、多久島の逮捕状を請求、6日に全国指名手配する予定である。》
以上が記者会見で発表された内容である。『全貌』の著者、新田は、これが警察の発表に先立って農林省が自ら進んで発表したことは「異常だ、前代未聞だ、何か裏があるのではないか」と疑問を呈している。