「君は本当にいい子だ。……だから抱けない。君を愛してるんだ。こんな気持ち、初めてだよ」
「苦しくない?」

「いや、幸せだよ。こんな幸せ、初めてだ。君に絵を描いてくれって言われた時、ただ描いてやればいいと思った。でも、今は違うんだ。僕の生きがいだよ。僕は君を描きたかったんだって気づいたよ」

「ほんと?」

「あぁ。これは時間のかかる仕事になると思うよ。有名な『モナ・リザ』だって、ダ・ヴィンチは四年かけて描いた。その上、ずっと持ち歩いて、何度も加筆したんだ。その気持ちが今の僕にはわかるよ。……君は清楚でいて華やかで実に美しい。そして、その内面は複雑だ。なかなか描ききれないよ。でも、その内面にふれてこそ、本当の君が描けるんだ。だから時間がかかるよ。待ってくれるかい?」

「えぇ。先生」と私が言うと、彼は本当に愛おしそうな目で私を見て笑った。

「僕はシンプルに生きたいんだ。シンプルに考え、シンプルに行動する。何事もシンプルが一番好きなんだ」
「この部屋もシンプルね」
「そうだよ。僕のポリシーのままに暮らしている」
「淋しくない?」
「大丈夫だ。君は淋しいかい?」

私は少し考えた。神矢に逢うまでは淋しかった。でも神矢が居る今は淋しくなかった。

「淋しくないわ」と私は微笑んだ。

「そう。良かった。……髪にさわってもいいかい? 君の長い綺麗な髪が好きなんだ」