私の髪は、後ろの肩甲骨の下くらいまで長かった。
「どうぞ……」
彼は私の顔に近づき、両手で私の髪を耳にかけたり、はずしたりし、髪を手ですいたり撫でたりした。私はジッとして、微笑んでいた。
「僕の可愛いお嬢さん」
そう言って、彼は私の頭を撫でた。
「今日は、もうお帰り。悪いが、次は十二月の二十日に来て欲しい。ちょっと色々あるんだ。ごめんよ」
「わかったわ」
私は、微笑んでドアを出た。やがて、秋の風が吹き、木々の葉が赤や黄色に色づき、港町はロマンチックになった。なのに、『ココ』へ行っても、彼に会えず、私はただ自分と向き合った。
私は神矢を愛しているのだろうか? 愛とは何なのか?
私は書店でみつけたエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読んだ。愛は技術であるとフロムは言う。
「自分ひとりいることをおぼえること……この能力は、明白に、愛する能力にとっての条件である」と。「自分自身を信頼する人のみが他の人に対して誠実でありうる……愛に関係していえる大事なことは、自分自身の愛を信頼するということである。すなわち、他者の中に愛を生ずる能力への信念であり、その信頼性である」と。
私は本を閉じた。私達は、共に両親の愛を享受できなかった。しかし、だからこそ、かりそめの愛には関心がなく、本物の真実の愛を求めている。