地域の高齢患者の声に真摯に耳を傾ける医師が、その日常を綴る。コミュニケーションに悩む若い医師、必読。自ら「化石医師」と称するベテラン医師が語る、医療にまつわる話のあれこれを連載でお届けします。
別れ
その日の外来に先日地域の開業医の先生に紹介したはずのMさんが予約されていました。
「はて? どうしたのだろう」。
89歳のMさんはご主人と二人暮らしでしたが数年前にご主人は逝かれました。Mさんの家は同じ町内ですが山間にあります。ご高齢であり車の運転ができないMさんが通院するには日に数本しかないバスを利用するしか手だてはありません。
そのうえMさんのご自宅からバス停まではバスに乗る時間よりも長く歩かなければなりません。雪の積もった日など高血圧のMさんにとっては命がけの受診になります。
「高齢者向けのアパートができているそうだけれど家賃が高くてとても入居できない」。
そんな愚痴をこぼしていたMさんでしたが先日
「ようやくアパートが見つかりました。道路を隔てて反対側に葬祭センターがあり近すぎて嫌だけれど我がままは言えない」と報告されました。
それに伴い先日、そのアパートと専属契約の医師に今後の医療についての紹介状を書きました。
入室されたMさんは開口一番「今日はお別れと今までのお礼に来ました。歩いてここへ通院できた時が一番良かった」。お礼のために受診されたのでした。
その翌日受診されたOさんが入室するなり「義姉が長いことお世話になりました」と挨拶されました。お話を伺うとOさんの奥さんが近々転院されるC・Mさんの妹さんだったのです。
続いて入室された奥さんも懇切にお礼を言われました。お二人も高齢者世帯です。お姉さんである91歳のC・Mさんは押し車につかまりながら受診されていました。