(十四)
もぎ立ての果実に似た爽やかな香り、透明で水晶のような屈折率が煌(きら)めく。一口、含むと、シャープで心地いい酸味と、和三盆のような上質な甘味。後味を引き締める微かな収斂(しゅうれん)感。ごく微妙な炭酸ガスの刺激が、舌を撫でる。
初めて、グラスで飲んだ純米大吟醸。
日本酒が、こんなにうまいものだとは! 玲子にとって、全く想定外だった。
「甘露(かんろ)だな」
玲子は、思わず唸った。
今までに飲んだ日本酒とは、明らかに違う飲み物だった。
「これが、純米大吟醸か!」
「凄いですよねえ。お米からこんなに華奢(きゃしゃ)で、優美な飲み物ができるなんて」
玲子は、葉子たち三人に連れられて、日本料理店『蒼穹(そうきゅう)』に来ていた。
酒蔵から、タクシーで十五分ほど。この近くでは名の通った店で、近隣で天狼星が飲める数少ない一軒らしい。
駅にほど近い、昔ながらの街道沿い。古民家を改装した一軒家の店だった。黄土色の土壁に、紺色の暖簾が掛けられている。店内に入ると、長いカウンターとテーブル席が二つ。暖色の照明が、隅々まで満ち溢れ、包み込まれ感ある、居心地いい室間だった。
壁面の土壁には、稲藁が漉き込んであった。一輪挿しに、桔梗の花が活けてある。
玲子たちは、八人がけのカウンターに並んでいた。松の木の分厚い一枚板で、中央に湯の張られた燗床(かんどこ)が据えられている。端には、ススキを活けた大きな丸壺。黒光りした肌に、浮彫りの龍がからみつき、壺を抱え込んでいるように見えた。