第二章 一日一合純米酒

(十三)

割烹まで、蔵から車で一時間以上かかる。行って帰って、二時間。当日、長時間中座していた者はいないとすれば、全員容疑者から外れる。

「杜氏は、酒蔵で外部のもんと待ち合わせていた。そこで、何かが起こって、襲われたっちゅうことか」
勝木は、腕を組み、独りごちた。
「または、約束相手が帰った後、泥棒でも入ったんやろか?」

ただ、秀造に確認したところでは、盗られたり、失くなったりした物はないらしい。

「あとは、怨恨か」

ひどく他人に恨まれている様子はなかった。ただ、どこに行っても、歯に衣着せぬ物言いで、煙たがられていたらしい。

また杜氏は、特定技術を持ち、責任も負うため、他の蔵人より一桁給料が高い。それがトラブルの原因になることもあった。高給に見合って、金遣いも荒かったようだ。

「犯人は、多田杜氏が油断したところを襲い、窒息死させた。そして、もろみタンクに、死体を放りこんで偽装した。顔見知りだったのか、それとも見ず知らずの通りすがりの仕業か」

勝木の思考は、ぐるぐると堂々巡りし続けた。全く手掛かりが無く、八方塞がりだった。