(十二)

兵庫県警播磨警察署は、県央近くの落ち着いた地方都市にある。隣町へと続く、地方道沿い。鉄筋コンクリート四階建ての灰色の建物が、町外れに建っていた。

夕刻近く、多田康一杜氏殺人事件の捜査本部が、播磨署内に正式に設置された。辺りが、暗くなってきた中、本格的な捜査が開始される。

こちらも勝木の指揮下となり、葛城玲子警視と高橋仁警部補が、オブザーバーとして参加することになった。

署内の大会議室に関係者を集め、最初の捜査会議を開いた。
殺人事件捜査のキックオフは、岩堂鑑識官の鑑識結果報告だ。

多田杜氏の遺体は、既に荼毘(だび)に付ふされ、とっくに納骨された後である。それでも、不審死ということで、検死はされていた。

岩堂鑑識官が、検視ファイルを手に取り、説明を始める。

「多田杜氏の死因は、窒息死。肺に水分は一滴も入っていません」
「つまり、溺死ではないということやな」
勝木の言葉に、岩堂鑑識官が軽くうなずく。

溺死の場合、必ず肺の中に液体が残る。海で溺れたなら、海水。もろみで溺れたなら、もろみだ。本来、空気しか入らない肺に、液体が入ることで死ぬのが溺死なのだ。

不謹慎だが、酒のもろみで溺れ死ぬなら、酒飲みは本望かもしれない。だが、多田杜氏は二酸化炭素での窒息死だった。

「そして、死んでからもろみに投げ込まれたという説と、矛盾しません」