第一話 素晴らしき哉、野球!
1
「毎年の12月(師走)、世間はメリークリスマス。私の懐はメリー苦しみます……」
なんて冗談を言いながら、
花咲徳栄(はなさきとくはる)高校12月の期末試験が終了したのちの英語の授業で、
「皆さんは、クリスマスの秘密を知っていますか?」
と問いかけてみると、生徒たちはきょとんとした表情で私を見つめていた。
「実は、クリスマスはイエス・キリストが生まれた日ではないんですよ。どこにも12月25日が誕生日なんて書いてないんです。分からないからXmasになっているんです」
「じゃあ。先生、いつなんですか?」
「キリストの生涯が書かれているのが、新約聖書だね。その中にはイエスが生まれた時に羊飼いが野宿をしていたと記されています。生まれたのは中東のイスラエルのベツレヘムですが、12月のこの時期はとても寒くて野宿はできません。だから、先生の推測だと3月末か4月の初め頃だと思っているんだ」
「当時のヨーロッパの人たちは、太陽を信仰していて、日が一番短い冬至(12月21日頃)後の3日間は太陽が沈んだように見えるから、太陽が死んだように人々は思ったんだ」
「そして、12月25日からは徐々に日が射すようになり、これを人々は『死の3日後に神様が復活した』と信じて、当時のローマ帝国の皇帝によって、キリストの復活の話にすり替えられたんだよ」
と私が語ると、生徒たちは普段の授業中とは違って、私の話を真剣に聞いていた。
「イエスが生まれた時、生まれた場所であるベツレヘムの天空に光り輝く星が出現して、それを『ベツレヘムの星』と呼ぶんだ。だから、クリスマスツリーのてっぺんにある星が『ベツレヘムの星』なんだよ」
と、黒板におでんのこんにゃくのようなクリスマスツリーの絵を描き、「ベツレヘムの星」の説明をしていた。
「いいか、将来素敵な異性と出逢って、クリスマスの時にデートをして、この『ベツレヘムの星』のことを知っていたら知性があってかっこいいな。昔、私の親友が彼女にこの星のことを聞かれたときに、『巨人の星』と言って、彼女から呆れられ、サヨナラされたことがあったんだよ」
年頃の生徒ゆえ、ますます目を輝かして聞いていた。
「ところで、皆さんはイエス・キリストのお顔を見たことがありますか。ないでしょう。皆さんは今日はラッキーですね。おそらく最初で最後になると思いますが、お見せしましょう」
と、A3サイズの大きさの1枚のコピー用紙を黒板に貼り付けた。
「イエスが処刑されたゴルゴダの丘に向かう途中、重い十字架を背負って、エルサレムの市内、今は『死のロード』と呼ばれている道を、当時の人々から迫害されながら、歩いた道なんだ。先生はいつかこの道を歩いてみたいと思っているんだ」
この時ばかりは、生徒たちはしーんとしていた。
「ゴルゴダの丘で、当時のローマ帝国の極刑であったという両手を広げ、両手首、重ねた両足を釘で打ち抜かれるやり方で、何時間も苦しみ、最後はローマ兵がとどめに脇腹をやりで刺したんだよ。そして、死体が降ろされ、毛布でくるんで、洞穴に安置したんだよ。それから3日後に、その場所に遺体を見に行ったら遺体がなく、イエスは復活したことになっているんだよ」
「そのときに遺体をくるんでいた毛布を『聖骸布(せいがいふ) 』と言うんだ。その『聖骸布』は現在も残っていて、イタリアのトリノ美術館にあるんだよ」
「先生、トリノは冬季オリンピックがあったところで、たしかスケート競技で日本の荒川静香(しずか)さんが『イナバウアー』で唯一金メダルをとったところですよね?」
と生徒の一人がたずねた。
「いやあ。よく知っていましたね」
と、あまり受けないイナバウアーの格好をしながら私は続きの話をした。
「さっきの『聖骸布』を細かく解析すると、はっきりと遺体の跡が浮かびあがり、顔の部分を拡大したのが、これなんだ」
と、イエス・キリストのお顔の部分を拡大したコピー用紙を広げて生徒たちに見せた。
「……」
しばらく、沈黙が続いた。
「どうですか、もう一度言いますが、おそらく皆さんは最初で最後の対面となるでしょう」
「先生、これは本当の話ですか?」
「いい質問ですね」
「トリノにある『聖骸布』が本物なのかどうかという議論があり、真贋(しんがん)の区別はついていないのです。あくまでも先生の仮説として聞いてください」
「さて、2つ目の秘密の話をしますね。クリスマスとサンタクロースはなんの関係もないんです。このことを知っている人は手を挙げてください」
「いませんか。時代はさかのぼることおよそ1700年前のトルコの国の物語なんです。当時、キリスト教の聖ニコラスという司教が、たまたま、ある家の前を通っていたところ、その家の中の話を聞いてしまいました」
「どんな話ですか?」
「その家は、母親と3人の娘たちの4人家族でした。その家族は大変貧しく、明日の生活もできないくらいの状況だったため、明日、長女を身売りしなければならず、家族全員で泣いていたそうです。
そこで、聖ニコラスさんは持っていた1枚の金貨をその家の煙突に投げ入れました。
〈カキーン、カキーン、スポ〉という音を立てながら金貨は煙突の下にあった暖炉のそばに干してあった洗濯物の靴下に入ってね。この金貨に気付いた母親は、『これは一体なんなの? 金貨だわ、これがあれば娘を身売りさせることはないわ』ということになって、無事その家族は助けられたという話がヨーロッパで伝わっているんだよ」
「先生、ひょっとしてその聖ニコラスさんがサンタクロースなんですか?」
「そうなんです。聖は英語でセントと発音しますね。しかしセはサと発音することもあります。つまりセントニクラス、サントニクラス、サンタクロウス、サンタクロースになったんだなあ」
「先生、少しこじつけっぽいですね。でも何でクリスマスにサンタクロースなんですか?」
「またまた、いい質問ですね」
「現在のサンタクロースは今から百数十年前のアメリカで誕生し、ビジネスとして使われたんだ。クリスマスで、多くの人たちのプレゼントを購入して、消費拡大のためにくっつけられたということなんだね。今日は、イエス・キリストとサンタクロースの秘密でした」
と、クリスマスのことをあまり知らなくても、クリスマスをこころ待ちにしている生徒たちに伝えた。
さらに、この時期に、アメリカのクリスマスの日に毎年テレビで放映されている世界的名画『素晴らしき哉、人生!』の時間を短縮して編集したものを、リスニングを兼ねて、人生勉強のために観せ、毎年感想文を書かせている。
―― 素晴らしき哉、人生!
あらすじを紹介すると、
主人公のジョージ・ベイリイは子どもの頃から田舎町を飛び出して世界一周旅行をするのが夢だった。父は住宅金融会社を経営しており、地元住民から愛される存在だったが、地元の銀行家のポッターからは嫌われており、ことあるごとに圧迫を加えられていた。
ジョージは都会の大学に進学し、卒業後あこがれの海外旅行を計画していたが、父の突然の死で父の会社を継ぐことになる。その後、素敵な女性メアリーと結婚し、子どもが次々と四人生まれ、幸せな生活を送っていた。
しかしながら、事件が起きるのである。
銀行に預金をしようとした会社のお金8000ドル(豪邸が1軒建つほどの額)をジョージのおじさんが置き忘れて紛失してしまい、このお金がなければ会社は倒産してしまう。家族にも八つ当たりをし、行きつけの酒場で助けを求めて神に祈るが、最後は行き詰まり川にかかった橋から飛び込み自殺を図ろうとする。
そのとき、ジョージを助けるのが使命の天使クラレンス。彼が先に飛び込み、「助けて」と叫んでいるクラレンスを、我を忘れて上着を脱いでジョージも飛び込み、救出するのである。
そして、天使クラレンスとジョージが会話を交わし、
「私は生まれてこなければよかったんだ
と人生を悲観するジョージに、
「よし、あなたが生まれていなかったら世の中はこうなっているのを見せよう」
と、天使クラレンスはマジックを使いジョージが存在しない未来を見せつけるのである。
自分の存在しない未来を見せつけられ、自分の人生は大勢の人々に影響を与えていたことを悟ったジョージは、
「もう一度生きたい」(I want to live again.)と叫び、やっとの思いで元の世界に戻ることができた。
―― 人生二度なし。
(生きていることが最高なんだ!)
すぐさま、家族のいる家へ戻り、生きていることの素晴らしさに歓喜していた。そしてエンディングは町中の人たちがジョージに大変お世話になっていたので、ジョージを助けようと多くの寄付が集まり、ジョージは家族や町の人々の温かさに改めて人生の幸福を噛みしめたという映画である。最後のシーンでは有名なセリフが語られる。
―― 友ある者は、敗残者ではない。
(どんな時も、友との友情を大切に生きることが大事なんだ!)
この映画を観た生徒たちは、それぞれに何かを感じていた。
また、毎年観ていた私は、いつも泣き虫ハマーとなっていた。
この『素晴らしき哉、人生!』の映画に影響され、女子硬式野球物語第3弾の第一話は、私の人生において、野球に縁があり、また野球を通してのお話を「素晴らしき哉、野球!」と題してみた。学生時代は勉学をすることが本分であり、勉学を極めるところではあるが、もう一つ重要なのは「生涯を通しての友との出逢いの場」でもあるという事実を綴ってみたいと思う。