「でき立ての杉玉は、青々しく。でき立ての酒の風味も若く苦いのです。杉玉が、徐々に茶色くなるにつれて、保存している酒の味わいも円(まろ)やかになります。秋になって、この色になるころ、熟成した秋上がりの酒になるのです」
「酒造りは、古くから神仏と太い絆がありました」
ワカタが、杉玉を崇めるように、仰いでいる。
「古(いにしえ)の時代。酒は、神と人をつなぐ神聖な物でした。長い間、巫女(みこ)が造る物だったのです。酒造りのトップを杜氏(とうじ)と呼びますが、元になった刀自(とじ)は、女性の尊称です。酒造りは女性がしていた名残ですね」
「ご老人、やけに酒の歴史に詳しいが、ひょっとして?」
「この蔵の当主です。十四代蔵元、烏丸六五郎(むつごろう)と申します」
老紳士は、にっこりと微笑み、うなずいた。
「天狼星は、秀造氏が立ち上げたブランドだと、もてはやされてます。でも、実はこの方が凄いんです。彼が帰って造り始めるために、飛びっきりの山田錦を用意し、いろんなお膳立てをしていた。天狼星が大成功を収めたのは、六五郎氏が引いたレールの上を、秀造氏がきちんと走ったからなんですよ」
ワカタが、すらすらと説明してくれた。まるで、講演のようだ。