第二章 一日一合純米酒

(九)

「だいたい、なんで広告出せなんて?」

「そう言えば、以前。獺祭が新聞広告出したことがありましたな」
高橋警部補が、また博識の片鱗を披露した。

「ええ、ネットで不正流通した物。不当に高い商品は、買うなって広告でしたね」
さすが秀造は、業界情報に詳しい。よく覚えている。

「その辺に、ちょうど会長がいましたから、話を聞いてみませんか?」
高橋警部補の提案に、誰も異論は無い。獺祭の会長を、呼びに行かせた。
桜井会長が部屋に入って来ると、タミ子とトオルも一緒だった。

「もう一人は?」
玲子には、いつもの三人組じゃないのが、少し意外だった。

「ヨーコさんなら、連載の原稿の校正を送るんだって。近くのコンビニに行ったよ。すぐ帰って来ると思うけど、待ってるかい?」
「いや。いなくていい」

勝木課長が、桜井会長に問いかけた。
「来てもろうたんは、酒蔵が全面広告出すときのこと。どんな感じか、教えてもらおう思うたんです?」
「普通は、新製品を出したときとかですけど」

桜井会長は、当惑気味。

「以前、御社では変わった新聞広告を出されたとか?」

「ああ、あのことですか」
訝し気だった表情が、スッと晴れた。

「私たちの造ってる酒が、プレミアム価格で売られてたんですよ。ネット通販やスーパー、ディスカウントストアで。希望小売価格の三倍以上もしてました」

「高く売れるのは、いいことだろう?」

桜井会長はキッと、鋭い目線。厳かな口調で、玲子をたしなめるように言った。
「葛城警視、それは違います。そんな売り方をしてる業者は、日本酒の管理が悪いですから、味が落ちる。そういう酒を飲んだお客さまに、獺祭はおいしくないと言われたこともあります」