ライジング・スター

愛澤一樹の三作目、『既視感のある情景』は川島が豪語したとおりに評判を呼び、またしても大ヒットになった。加えて受賞作が映画化されたこともあり、川島はすっかり時代の寵児となった。自分はといえば、相変わらず応募と落選を繰り返している。焦りがないかといえば嘘になるが、自分の作風を変えることはするまいと思う。

そして、傍(かたわ)らで何も言わずに俺を支えてくれる妻の沙希には、感謝と後ろめたさが入り混じる。沙希の実家からの援助が生活の支えとなっているが、そのことには触れないことがお互いの不文律になっている。娘の雫(しずく)も来年は小学校だ。沙希は、というより沙希の両親は雫を名門私立に入れるつもりだ。なんとかしなければと思うが、書くことの他には成すべきことは浮かばない。

「お茶でもいかが」
書斎にいると、沙希が声をかけてきた。

何も生業(なりわい)のない身分で書斎など百年早い話だが、創作に集中できるようにと沙希が実家にわがままを言って、書斎を確保できるマンションに住んでいる。

「ああ、ありがとう」

リビングに行くと雫がパズルをして遊んでいる。これもお受験用の勉強のようだが楽しそうだ。俺の姿を見ると、さっそく話しかけてきた。

「これむずかしいよ。パパにできる?」
「どれどれ。うーん無理だな」
「パパ。考える前から諦めちゃだめよ。考えることに意味があるのよ」
「はい。しずくセンセイ」

それを見ていた沙希が声を出して笑った。
やはり女の子は男の子に比べて早熟でおしゃまだ。言語能力も数段発達が早い。

「雫も少し休んでおやつにしなさい」
「はーい」