第一部 八荘源
第一章 とんぼ
三
竹尾村の巡査は、腕組みをして、日誌に目を落とした。さっきから何度も読み返しているのだが、今ひとつ分からない。
「つまり、お子さん夫婦が何かの事件に巻き込まれたのではないかというのですね」
人の好さそうな巡査は、困り顔で呟いた。このような田舎では、事件らしい事件はそうあるものではない。若い彼にとって、こそどろや飲み屋の喧嘩、そうした事件の経験はあるが、夫婦の蒸発事件は初体験だった。
日誌にはこんなことが書いてある。
「八月二十日 雨
なんとよく雨が降るのだろう。これでもう三日も降っている。午前は晴れ間を見つけてジャガイモを掘る。途中で雨が降ってきたので、あわてて家に入った。
節子は探偵小説を読みふけっている。せっかくの休日だが、山荘に本を読みに来たようなものだ。
夕方一寸変わったことがあった。六時ごろ、裏山の方でいきなりどーんという音がしたかと思うと、小石のようなものが雨戸にばらばらと音を立てた。
続いて今度は、ハイツの方角でどーんと鳴った。どちらも尋常な音ではない。節子は怖いといって怯えていた。
私にしたところで、あそこまで大きな音がすると気持ちのいいものではない。音は十分ほど間をおいて続き、それからぴたりとやんだ。
大方、花火か爆竹の音だろうと思うが、雨の日にそんなことを十分もやっているだろうか。おまけに、音の聞こえてくる方角が二ヶ所あるのだ。節子は怖がりなので、相当に怯えている。
ハイツの夏祭りの予行演習で花火でもやったのではといってみたが、節子は、それじゃああの窓にばらばらあたった大きな音は何なの、という。確かにあれは異常な音だった。