どうしてひとりで来たのか聞きたかったが、無理に聞くことはやめた。ひまりはまだ、うつむいたままであったが、しばらくすると重い口を開いた。

「母がこのバンドの大ファンだったんです。母は少し前に亡くなりました。一緒に行こうと約束していました。チケットがようやく取れたので……母はとても楽しみにしていました。だから、ひとりで来ました」

涙が出そうなのを必死にこらえている様子だった。そしてひまりは、紅茶を遠慮深げにもう一口飲んだ。アッキーパパがひまりの顔を見ずに、

「それは悪いこと聞いちゃったな」
「いいえ、良いんです」とひまりが答えた。

しばらく、誰もが声を発することが出来ないでいた。すると、突然ひまりは、ごちそうさまを言うと立ち上がりお店を飛び出していった。

席の横には赤いリュックサックがそのままちょこんと忘れてあった。アッキーママがそれに気がついて、アッキーパパが大きな声で叫んだ。

「おい、すぐに追いかけろ」

アッキーに赤いリュックサックを渡した。周りのお客はざわざわとしてアッキーの後ろ姿を見ていたのだった。

アッキーはすぐには戻って来なかった。そして、電話も繋がらない。アッキーママはとても心配していた。

「仕方がない事だよ」と、言いながらもアッキーパパの方がもっと心配している様子だ。しばらくして駅の改札口に向かっていると、アッキーから連絡があった。

「今、津田沼駅。ひまりちゃんを家まで送るから」

アッキーパパが頼むぞと言うか言わぬ間に、電話口からは無機質な音だけが流れた。