「前に文化部におったとき、法隆寺の特集記事を書いたことがありましてですな、それはそんときの資料をまとめたものです」
「そうですか。わかりやすいですわ。最初の謎は、中門の真ん中に立っている柱ですね」
「そうです。ふつう寺院の門は、柱間の数――つまり柱と柱の間の空間の数のことですが、それは奇数になってます。なんでかといえば、真ん中を通れるようにするためですわ。真ん中が人の通る通路になるように造るのがふつうですやろ。ところがこの門には、真ん中に柱が立ってます」
「それを疑問に思った梅原猛(うめはらたけし)という人が『隠された十字架』という本を書いて、[聖徳太子一族を滅亡させた勢力が復讐を恐れて、太子の怨霊(おんりょう)を封じ込めるために真ん中に柱を立てた]という説を発表し、それが一大センセーションを巻き起こしたんですね」
「そのとおりです。よう知ってはりまんなあ。古代史のことはあんまりくわしゅうないと聞いとったんですが」
「これは、たまたまです。昨日ちょっと調べてたら出てきたものですから。ほかのことはほとんど知りません」
沙也香は苦笑いしながらいった。
「その話はわたしも聞いたことがありますけど」
まゆみが話に加わってきて聞いた。
「その結論は出ているんですか」
「まだはっきりとした結論は出てないようですが、梅原さんの説は多くの学者から反論が出て、否定されましたね。いまでは支持してる人はあまりおらんのとちゃいますか」
「どうしてですか?」
「一言でいうと、梅原氏が説いた怨霊説というのは、平安時代になって出てきた思想で、法隆寺が建立された当時はそんな考え方はなかった、という指摘です。これが現在は主流になってます」