第一章 三億円の田んぼ
(五)
さえぎる物の無い、田んぼの中。遠くからでも、烏丸酒造の煙突は目立った。富井田課長の運転する車は、まっしぐらに煙突を目指して走っていく。やがて酒蔵が、見えてきた。
小さい森を背景に、酒蔵の手前には、田んぼが広がっていた。長い白壁の上に、黒い瓦屋根が光って見える。
敷地の手前を流れる小川が、あたかも堀のよう。酒蔵と屋敷は、小さな城郭のようにも見える。小川に架かった橋を渡ると、蔵前の広場が駐車場代わりに使われていた。パトカーや黒塗りのセダンが、何台か停まっている。
正面に事務所が建ち、その奥が酒蔵だった。右手の通路が、秀造の住まい、屋敷へとつながっている。
事務所は、外観はレンガ造り。事務室と応接室に試飲ルーム、倉庫を兼ねている。
入り口周辺が、何やら騒がしかった。人や車の出入りが多いが、それだけではないようだ。
人の輪が、できている。その中央に、背が高く、まん丸く太った若い大男が一人。ダミ声を上げていた。ディズニーのキャラクターTシャツに、ジーパン。ビーチサンダルを、履いている。
まわりを蔵人たちが、遠巻きに囲んでいる。輪の中に、秀造の姿も。大男と、対峙している。
近づくに連れて、途切れ途切れに、会話が聞こえて来た。
「だから、どうしてくれるんだって聞いてんだろ。前から俺が言った通りになっただねえか。言ったこっちゃねえ」
「何を言ってたって、言うんです。何も聞いてませんよ」
「オーガニックなんかで田んぼやったら、まわりに迷惑かかるからやめろって、ずっと言ってきただろ。それなのに、続けやがって」
「それとこれとは、別でしょう」
「いや、どれもこれも、一緒くただ。出る杭は打つ!」
「そんな、無茶な」