「知覧の富屋食堂の展示物は、どれも胸が張り裂けそうになったよ。十代から二十代前半の少年達なのに、彼らの遺した手紙の字は素晴らしく綺麗だった。覚悟をした者にしか書けない魂の宿った文字だったよ」
「そう……」
「沖縄の平和の礎へは、何度も行ってるが、あそこから見える青い海は、まぶしいくらい輝いていてね、僕は言葉を失うよ……」
「お疲れさまでした……」
「いやぁ、仕事はこれからだよ。CNNに送るルポをまとめなくちゃ。だから、しばらくここへは来ないよ。……でも、片づいたら、ちょうど君の誕生日祝いだ!」
「えっ?」
「お祝いなんだから、日曜日に会おう。土曜日はお花なんだろ? 三十日の前祝いがいい? それとも、少し過ぎるけど、九月六日にするかい?」
「でも……」
「でもじゃないよ。約束したんだから!」

私は少し考えたが、二十代最後の日曜日を神矢と過ごしたいと思った。

「三十日でお願いします」
「よし、わかった。それじゃ、僕の手料理でもてなすよ」
「えっ?」
「人の厚意は受けるもんだよ。僕は料理がうまいんだから」
「どこで?」
「僕んちさ。名刺に書いてある芦屋のマンションだよ。怖がる事ないよ。とって食いやぁしないよ」
「そんなの無理だわ」
「何だよ。兄さんの家に来れない妹があるか」
「……そうね」

私は妙に納得した。

「じゃぁ、三十日のお昼十二時に。マンションは、芦屋の駅を出て、北へ登る坂道が一本、それを五分ほど上がった左手の白い大きな十二階建ての一一七号。すぐわかるよ。わからなかったら電話してくれ。迎えに行くよ」
「わかりました」
「何も持ってきちゃダメだよ。君のお祝いなんだから」
「はい。ありがとう」

神矢はうれしそうな笑みをうかべてコーヒーをすすった。