「スマートでスルスルしてるとことか」

「スマートでスルスル? 俺がですか?」

「だって仕事もすぐ覚えたし、そつないし……」

その時、近くの席にいた女性客が口を挟んだ。

「そうそう、誰の物にもなりそうにないとことかね?」

これも1度寝たことがある女だった。が、既婚だし暁とは完全に1度だけという約束の上でのことだった。旦那とは軌道修正できたのか?

「可愛い顔して逃げるのが上手い、とか?」

おいおい、そんな意味ありげな発言はルール違反だろ。

「やだなあ逃げるって、何ですか? 前の会社のことなら、新人いびりに遭ったんだって言ったでしょ。スルスルなんてとても無理でしたよ、熱中症になってヘロヘロだったんですから」

「ありますね、そういうの。俺も昔のバイト先であったよ、何かそういう雰囲気になるんだよな、つられて。あ、俺はそんなことしてないすよ」

圭太が同調した。暁は頷いて返した。確かに圭太はそんなやつではないだろう。

「こことは大違いですよ」

「そうなの……」

話を逸らすことには成功したようだ。

「辛かったね」

オーナーがぽそりと言った。ズキンと嫌な記憶が蘇りそうになり、暁は慌ててたい焼きを頬張った。

「美味しいです、なんかあんこ久しぶりに食べましたよ」

本格的に梅雨入りした数日後、暁と圭太は一緒にカクテルを作っては、マスターに飲んで貰っていた。

「この小さいグラス1杯で何千円もする。その意味を理解して欲しい。俺たちが作るのは単なる酒じゃない、プロが作る美味い1杯には、お客さまが現実を忘れるように、このバーにいる間だけでも嫌なことを忘れられるようにもてなさなければならないんだ。

その為に美味い水と氷にこだわった美味い酒、バーテンの腕とこの空間がある。

つまりバーテンは酒と同じだ。俺たちは1杯の上質な酒なんだ。ひと時いい気分にさせる、それが役割だ。話を聞くこと、うまい酒を提供してリラックスして貰うこと。……ま、みんな前のオーナーの受け売りだけどな」

「前のオーナーって、マリさんのお祖父さんですよね」

圭太が聞いた。

「うん、チンピラの俺を一人前にしてくれた恩人のオヤジさんだよ」

「チンピラ、ですか……」

暁には意外な事実だった。この品のある男がチンピラだったのか。

「うん、どうしようもないごろつきだったよ。ちょっと酒に詳しいってくらいしかなくてさ……ここにいなかったら、多分今頃アル中になって道端に転がってたろうなあ。うん、これ美味いよ圭太くん」

「そうなんですか……」

恩人か……。マリにはその感謝の念があるわけか……。マスターがこの店とマリを大事にしていることは、日頃から感じていた。

「さ、暁くんのカクテルくれよ」

 

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