【前回の記事を読む】彼女の顔色が青白くなり、手脚の感覚まで麻痺していた…「貧血なだけ」と救急診療を断った翌日、彼女は……

雪の夜

5

二月になると、晴れた日が続いた。冬の空気は冷たいが、陽射しは柔らかく、透明感があり、つかみどころのないような光り方だった。

その日も、よく晴れた。

「まだ、こんな明るいのに」

窓際のベッドで裸にされると、葉子は恥ずかしそうに身を縮めた。その感じが、英介はたまらなく好きだった。

「どうして、そんなふうに見るの? ブラインドを下ろしてくれないと、目を開けられないわ」

葉子はそう言って、毛布をかき寄せた。英介は、明るさの中で、葉子のすべてを見てしまいたかった。葉子の身体の隅々まで、目に焼き付けたいと思った。

こんなに充実していて、何も不満はないのに、漠然とした不安があった。それが、どこからやって来る不安なのかわからない。ただ、しっかりと見ていないと、葉子が霞んでしまいそうだった。

どれくらいの時間が経ったろうか。しばらくまどろんでいたようだった。

外は暗くなっていた。ブラインドを開けたままの窓から満天の星が見えた。空気が冷たく、葉子がリピートにしてかけ流しているショパンが聞こえる。音は低いところで、しっかりと振動して、その細動が全身に伝わってくるようだった。

そのとき、呼び鈴が鳴った。勧誘か何かだろうと無視していたが、何度も鳴り続けた。

英介が出ると、女が玄関の前に立っていた。半年前にここを出て行った妻の恵美だった。

「どうした?」

「どうもしないわ。ここは、わたしの家ですから」

そう言うと、つんとした顔をした。久しぶりに見る元妻の顔だったが、こんなだったろうかと思った。

「君とは、もう縁が切れたはずだ」

「わたしの荷物だってまだあるのよ。このマンションだって、わたしにも権利があるって、教えてくれた人がいたわ」

恵美は、英介を睨み返すように見た。

「財産分与は終わったはずだ」

そのとき、恵美は何かに気付いたように、部屋の奥に目をやった。

「誰かいるの?」

「君には、関係ない」

「ショパンが流れているわ」

恵美が言った。

「わたしのCDじゃない?」

英介は、黙っていた。

「わたしのものに、触らせないでよ」

「君のものなど、ここにはない」

恵美は、かたちの良い目を吊り上げて、英介を睨んだ。

「いいわ。また来るわ」

恵美はそう言うと、深く息を吸い込み、それ以上は言わずに帰っていった。

「だいじょうぶ?」

リビングに戻ると、葉子が心配そうな目で待っていた。奥の部屋から、ショパンのスケルツォが流れていた。

「勝手な女だ。いまさら話すことなどない」