あの夜に英介と出会い、葉子は初めて夫以外の男を知った。それまで、そんなことが自分の身の上に起こるとは考えたこともなかった。

英介に身を委ねながら、自分が自分でなくなっていくのを感じていたように思う。声をあげて、英介にしがみついた。投げやりになっていたわけではなかった。

ただ、自分の内側から湧いてくるものに、どうしたらいいのかわからなかった。女というものが、こんなにも生々しく、凄絶なものだと、あのとき初めて知った。

あとから思うと、赤面するような記憶だった。あの夜のことを思い返すたびに、葉子の胸は熱くなった。そして、あの夜のことが、葉子の心の支えになってきたのも事実だった。

雪で立ち往生した電車の中で、駅員が配ってくれた弁当に少しだけ箸をつけたが、すぐに胸がいっぱいになった。弁当は、押し寿司とちらしをあしらったものだったと、それだけはよく覚えている。衝動的に家を飛び出してから何も口にしていなかったが、食欲はなかった。

レジから掴み取ってきた一万円札が何枚かあったが、ここまで来るうちになくなっていた。先のことを考えて、飛び出してきたわけではなかった。夫が店のアルバイトの女学生に手を出したことを知って、頭が真っ白になった。

そういうことが、それまでにも何度もあった。結婚してしばらくしたとき、夫には昔からの女がいることを知った。教えてくれたのは、従業員の一人だった。以前に「中崎」に勤めていたという女は、夫の子供をつくり、市内に家を構えていた。

女癖の悪さは、ほとんど病的だった。夫は店に来る新しい女に、次々に手を出した。老舗料亭の跡取りで、見た目も男前の夫は、女性によく持てた。

しかし、二十歳にもなっていない女学生にまで手を出すとは思わなかった。そのことを問い詰めたとき、ふてぶてしく笑っている夫に向かって、手にしていた雑巾を投げつけると、葉子は店を飛び出した。

食べかけた弁当を膝に置いて、ぼんやりと降る雪を眺めていたときだった。話しかけられて、葉子は不意をつかれた格好だった。

「どちらまで?」

見上げると、背の高い男が立っていた。押し出しのしっかりとした顔が、誰かに似ていると思った。

男に聞かれるまで、この雪の中をどうやって朝まで過ごそうかなど、考えてもいなかった。しかし、男に一緒に宿に行かないかと誘われて、葉子は深く考えることもなく頷いていた。

雪は絶望的に降り続いていたし、他に選択肢もなかった。半ば投げやりになった気持ちが、警戒心を薄くさせたのかもしれなかった。それ以上に、葉子は疲れていた。早く帯を解いて、横になりたかった。

 

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夫以外の男は初めてだった。名前も知らない男と雪の夜に旅館で二人きりに…「わたし、初めてなの」と告げると、唇をふさがれて……

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