「わたしにどうしろと?」

まち子は、次第に心が覚めていくのを感じた。そして、佳織のために何ができるだろうかと考えた。この男と別れろと言うべきか。子供を産むなんて、思いとどまれと諭すべきなのか。

「佳織さんに、考え直すように言ってもらえないでしょうか」

男は、すがりつくような口調で言った。

「何故ですか?」

まち子の言葉に、男は驚いた顔を見せた。

「だって、私生児など産んでも、彼女も子供も不幸になってしまう」言ってから、男は表情を変えた。

「それは、わたしや佳織が不幸な人生を送ってきたと?」

意地悪な言い方をするつもりはなかったが、男の言葉は看過できなかった。

「すみません、そういうつもりではありません」

男は慌てて否定した。

「せっかくこんなところまで来てくださいましたが」

「はい」

男は目を上げて、まち子を見た。

「娘を翻意させることは、わたしにはできないと思います」

「そうですか」

男はまだ何か言いたそうにしていたが、まち子の様子から何かを悟ったのか、言葉を呑み込んだ。

「とんでもない男だと、思われているでしょう」

「ええ」

まち子は、冷たく答えた。

「娘には普通の相手を選んでほしかった」

「すみません」

男は目を伏せたまま、テーブルの一点を見ていた。

「あなただけに言っても、仕方のないことです。男と女のことですから。ただ、母としては、娘が不憫です」

まち子の言葉に、男は唇を噛むようにした。

「お聞きしてもよろしいかしら」

まち子は言葉を続けた。

「はい」

顔を上げた男の目を、まち子はまっすぐに見た。

じっと見ていると、大抵の人の心はわかる気がする。これまでもそうしてきた。そうやって、まち子はこれまで人の本性を見誤ったことはなかった。

男の目の中には、迷いがあった。けれど、何かを信じているような、確かな色もあるようだった。

「あなた、佳織のどこが好きなの?」

まち子は、静かに問いかけた。男は、不意を突かれたような顔をした。

「あの子の若いところ?」

「そうではありません」

「美人だから?」

「それは、あります。……それよりも、わたしみたいな男を、誰よりも愛してくれたからでしょうか」

男はそう言うと、ふっと力が抜けたような顔をつくった。まち子はそのとき、身体の芯のあたりから、何かがすっと抜け落ちていくような気がした。

次回更新は10月29日(木)、22時の予定です。

 

👉『霧のみずうみ』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼女を抱くと、体中の縛りが解き放たれる。「急がないで、お願い、ゆっくりして」と喘ぐ声を聞きながら、俺は…

【注目記事】妻の不倫相手のアパートに突撃!ドアをこじ開け土足のまま上がりこむ…部屋にいた男は妻と同じ職場に勤めていて、まだ30代だった。

 

ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp