五
三時に目が覚めた高倉は、ダイニングルームに行き、楕円形の大きなテーブルの上に書類を広げた。キーとなる数字をもう一度しっかりと頭に入れる。売上げ、粗利、経費、在庫、売掛金等々、問題がある数字だらけだが、これを一つ一つ改善していかなければならない。
そのための策を練り直すことの繰り返しだ。
策を練る時は入社してから今日まで経験した様々なケースと、それをどうやって解決したか、を回顧することにしている。
上司に指示されたことよりも、先輩のやり方を見様見真似で覚えたことの方が、役に立つのが多い気がする。もちろん、過去と現在の延長線上に、常に未来がある訳ではないことは充分理解して対策を立てるように心がけている。
複数の問題というか課題を同時並行的に解決しなければならないときには、課題の重軽度を縦軸、解決の難易度を横軸に置いたグラフに各々をポジショニングしている。
今回のマキシマ社のケースでも、そのグラフが常にテーブルの上にあり、そこには高倉なりにポジショニングした十九の課題が散らばっている。
その中には、重要度が高い、つまり経営へのインパクトが大きく、解決が比較的容易な課題については、もう既に手を打ったものもいくつかある。
彼がそのグラフをじっと見つめていたときに、洋子が起きてきてコーヒーを入れてくれた。
これも毎度のことだ。
「起きてこなくていい」
「実はお願いがあるのよ」
珍しいことを言いながら、洋子は対面に座った。
「なんだ」
妻からお願いがあるということは何年も聞いていないので、身構えた。
「南アフリカというかアフリカのスイスと言われている所があるらしいの。ドラケンスバーグというんだけど、そこに行きたいの」
「あらたまって言うから何かと思っていたらそんなことか。おれが今それどころじゃないことはわかっているだろう。寝ろ」
洋子は肩を落してベッドルームに戻っていった。
そうか、わかった、もう少し余裕が出来たら行こう、とでもどうして言えないのか、と思うが言えない。