十三
着任早々のモザンビーク、ジンバブエ問題処理から始まり、マキシマ社旧幹部の首切り、販売店やリトレッド工場の統廃合等々を次々と断行して来た。
高倉はこの約二年間の苦しかった出来事を振り返りながら、時計を見ると五時になっていた。
窓の外はうす暗くなり、遠くに稲光が見える。数分後にはこの季節特有の激しい雨が襲って来るだろう。
マキシマ社の再建プロジェクトも最終段階にきた。
よくここまでこぎつけたものだ、と高倉はしばし感慨にふけった。
世界中から非難をあびた南アフリカのアパルトヘイトは一九九四年に廃止された。それから十二年、黒人の地位は向上したのか?
ノーだ。
裕福な生活をしている黒人はほんの一握りで、ほとんどは相変わらずの貧乏生活で、トタン屋根のバラックに住んでいるのが実情である。
多くの白人を中心とした富裕層が、高圧電線を張った高い塀で囲まれたクラスターの中のプール付きの豪邸に、これ見よがしに住んでいるから、その差がよけいに目立つ。
何でこんなに差をつけなければならないのか、と日本人には尋常でないものが感じられる。
アパルトヘイト廃止によって逆に治安は悪化し、南アフリカは世界でも有数の犯罪多発国となった。
もちろんほとんどの国民はまじめに生活しているが、ほんのわずかの黒人犯罪者が、南アフリカに犯罪多発国のレッテルを貼らせている。
日中の街中でさえも白人はもちろん、日本人もぶらぶらと散歩することもできない状況である。
だが、犯罪の多さも、この格差を目の当たりにすれば「さもありなん」と思ってしまう。犯罪を認めるものではないが……。
「さて、治安の悪化を嘆いている場合ではない。どんなに危険な状態であろうが、おれにはまだやるべきことがある。これまでに様々な課題に手を打ってきた。この会社の再建プロジェクトも、いよいよ最終段階までこぎつけた。だが最もデリケートな課題が残っている。これにどうやって手をつけるか?」
独り言を呟きながら、ドアの外にいる秘書のアンネマリーを呼んだ。
「イエス、ミスター・タカクラ」といいながら、彼女は明るい声を響かせてすぐに入ってくる。常にメモ帳を持っている。
テコンドーをやっているというオランダ系白人女性の引き締まった身体に目がくらみそうになる。
彼女もこの二年間よく尽くしてくれた、と、感謝の気持ちを持ちながら、
「アンドルー・レクレアとバート・グッドマン、それに斉藤、秋山をここへ呼んでくれ。それから彼らと打ち合わせをやっている間は、誰もここに通さないように」
と伝えた。