十三

「さて本題に入ろう。ふり返ればこの二年間、私はあなたたちと共に、マキシマ社の立て直しという難題を担って必死で戦ってきた。モザンビークでの不良債権処理、ジンバブエ市場からの撤退から始まり、その後、会社幹部の一掃、ヤング・ライオンズ軍団の立ち上げ、販売店とリトレッド工場の統廃合など十数項目にわたる再建課題を矢継ぎ早に実行してきた。

その結果、黒字化の目処も立った。これはあなたたちや社員の働きのおかげであり、お礼を申し上げる。だがまだ終わった訳ではない。重要な課題が残っている」

その言葉に斉藤と秋山は社長室の会議テーブルから身を乗り出さんばかりに前のめりになった。
アンドルーは禿げた頭に両手を乗せて考え込んでいる。バートはぶ厚い胸をそらせて深呼吸をした。

「アンドルー、BEE(ブラック・エコノミック・エンパワーメント=黒人経済力強化)について正確に理解しておきたい。詳しく説明してくれ」

アンドルーは面倒くさがることもなく、ひげを左手でつまみながら説明する。

「南アフリカのアパルトヘイトが廃止されて、政治の実権はほとんど黒人が握りました。しかし経済面では相変わらず白人が牛耳っています。だから一般黒人の貧しさは変わりなく、ひどい生活を強いられています。これを改善するために、大統領がマンデラ氏からムベキ氏に代わって打ち出された政策が、ブラック・エコノミック・エンパワーメント、通称BEEです。政府はこの政策で、大多数の貧しい黒人の地位向上を目指しているのです」

「そのBEEの要件は何だ?」

アンドルーの説明で、だいぶ理解したらしく、突っ込んだ質問になった。

「BEEの第一要件は、私企業への黒人の資本参加です。我がマキシマ株式会社の資本の二五%以上を黒人に持たせなければならないのです。しかもそれはブロードベースといって出来るだけ多くの一般黒人、しかも弱者を優先させよ、となっています。つまり今まで虐げられてきた人々に資本参加させろということです」

「現在我がマキシマ社は、親会社である日本の七洋商事の持ち分が七〇%で、残り三〇%が一般株主という構成で、ヨハネスブルグ証券取引所に上場している。この三〇%の一般株主の中に黒人はいるのかな?」

と、高倉が聞くと、アンドルーは左手でひげをつまみながら答えた。

「いいえ、ほんの一部いるかもしれませんが、ほとんどは白人です」

「そうか……親会社の七〇%を取り崩して黒人に分配する訳にはいかないだろうなあ。そうすると三〇%の一般株主分を黒人に転売することになるのか。そんなことができるのかな、アンドルー」

「一旦我々が一般株主分を買い取って、それから黒人に配分するやり方しかないでしょうね。増資してその分を黒人に配分する手も考えられますが、あまり現実的でない気がします」

「一般株主の株を買い取るということは、つまりTOB(株式公開買い付け)をかけるということか?」

「いいえ、自社株を買い取るわけですからスキーム・オブ・アレンジメントといいます。結局、七洋商事が一〇〇%株主となって上場廃止することになると思います。そののちに二五%分を何らかの形で一般黒人に売るというプロセスでしょう。しかし一般黒人はお金を持っていませんから、どうやって売るかはよく考えないといけませんが」

このアンドルーの答えに高倉は膝を叩いた。

「なるほどそういうことか。上場廃止のきっかけが出来てかえっていいのかもしれない。私はこの会社が上場していることにかねてから疑問を持っていたが、皆どう思う?」

その問いかけに秋山がすぐに反応した。