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九月になっても、暑さの和らぐ気配はなかった。一か月ほど会えなかった比呂志から仁明亭に予約が入ったのは、月の終わりだった。
到着した比呂志は、夏用の麻シャツがよれて、少しやつれたように見えた。浮かない顔をしているので、どうしたのかと尋ねると、工場を縮小する話が進んでいると、吐き捨てるように言った。
「安い海外製に圧されて、国内で工場を維持するのはどんどん難しくなっている。いくら品質の良いものづくりをしても、安くつくれなければ生き残れないということだ」
まち子には、難しいことはわからないが、比呂志が口惜しがっていることは理解できた。「全員でがむしゃらにやってきた。休みもなく働いて、世界一を目指してきた。それが、時流とはいえ、あっけないものだ」
そう言うと、比呂志は疲れたと言って横になった。
その晩、まち子の仕事が終わるのに合わせて、二人で街へ出た。温泉街を降りていくと、昔からの飲食店街がある。古い店も多かったが、最近にできた店もあった。まち子と比呂志は、オープンしたばかりのアイリッシュ・スタイルのカフェでオードブルを食べながらワインを飲んだ。
夜になっても、むせ返るような暑さだった。
店を出て、二人はまち子のアパートへと続く坂を登った。空には雲がかかり、ときおり月も見えた。夜なのに、蝉の声が近くにきこえた。
「昔はこのあたりに避暑にやって来る人も多かったろうに、これでは避暑にならない」比呂志はそう言って、額の汗をぬぐった。生え際の髪が白かった。
「山頂まで行けば、いくらか涼しいだろうか」
「さあ、どうかしら」
まち子は、山頂にある湖を思った。寒暖差のある湖畔では、夏でも霧が多い。今晩あたり湖は、どんな姿を見せているだろうか。
アパートに着くと、まち子はいつものように身につけているものを剥ぎ取られた。比呂志は帯紐を解き、腰紐を抜いていった。その間に一言もなかった。
まち子は、裸にされることの羞恥が、以前と少し変わってきたように思うことがある。年齢を経て、もう若さも肌の張りもない身体を見られることへの恥ずかしさもあったが、その半面で、もっと生々しい感覚があった。それは、自分の隅々までもが、比呂志に見られることによって息づいているような、逃げ場のない感覚だった。
比呂志はいつものように優しく、けれども荒々しく、まち子の中に入ってきた。その夜、まち子は普段よりも高い声をあげていたように思う。まち子の中に、音を立ててはじけるものがあった。
二十代のとき、比呂志と出会い、訳もわからないまま沼に落ちた。あのときは、目をつぶって坂道を駆け降りるような感覚があった。しかし、いまは少し違っていた。止まることができないと知っている自分がいて、その姿が見えているようだった。
いつの間にか落ちていたようだった。気が付いたときには、比呂志はまち子から離れていた。
「眠ってしまったわ。ごめんなさい」
「鮎のように跳ねていたよ」
比呂志に言われて、まち子は赤面した。
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