【前回の記事を読む】2か月ぶりに恋人と再会した夜…待ちわびたように抱き寄せられ、唇を塞がれた…電気を点けたまま、私の服を脱がせてきて……
霧のみずうみ
3
六畳足らずのまち子の寝室は、常夜灯の柔らかい光の中に沈んだ。比呂志が、まち子の二本の脚を抱き寄せて、舌を這わせてきた。いつもそうする愛撫だった。太ももからふくらはぎ、そして足首や足の指の一本一本をしゃぶるように舐める。まるで儀式のように。
「汚いわ。まだお風呂に入っていないのよ」
身をよじるようにしてまち子は抵抗したが、比呂志は動きを止めなかった。力強くまち子の肌に吸い付き、いくつもの痣をつけていく。
「だめよ。裸になれなくなるじゃない」
「誰かに見せるのか?」
「そうではないけれど」
そう言いながら、比呂志はやめようとしない。
比呂志のつくった痣は、はじめは赤くて、数日過ぎると薄紫に変色し、一週間以上も消えないこともあった。
呼吸が、だんだんと荒くなっていく。目を閉じると、頭の中で何かがゆっくりと回っているようだった。あまり飲み慣れないお酒が、意識をぼんやりと霞ませていく。
「くすぐったいから、もう堪忍して」
最後の下着を脱がされたときには、まち子は朦朧としながら、潤んだ目で比呂志を見上げていた。
「きれいだ」
比呂志はもう一度言った。
部屋は暗いはずなのに、明かりの下ですべてを比呂志に見られている気がした。頭の中に、速い水の流れがあるようだった。流れには、濃い樹の陰が映っていて、それを見ている。そんなあやふやな状態だった。
数年前に本社の役員になってから、比呂志は忙しくなり、それまでのように泊まりにくることができなくなっていた。かつてはここの工場で商品企画担当だったこともあり、出張にかこつけて、月に何度も泊まりにきてくれた。
「本社の役員なんて、何年もできるものじゃない。引退したら、ここの工場長にでもしてもらって、のんびりやるさ」
いつか比呂志は、そんなことを言っていたが、どうなることかはわからない。
いい具合に都合をつけて、来られるときはよいが、長くこちらに来られないときには、まち子が東京へ出て、都内のホテルに泊まることもあった。
一度会えば、半月くらいは比呂志の感触の中に浸っていられたが、一か月も過ぎてしまうと、やはりつかみどころのない寂しさに襲われてくる。その繰り返しだった。慣れてしまえばそれまでなのかもしれないが、慣れてしまいたくないと思うのも、寂しい性分だった。