【前回記事を読む】78歳、キャンピングカーで旅に出る! ここは私にとって「走る書斎」。ハンドルを握りながら考えることは…

序章 胡蝶夢号、再び走り出す

大阪・関西万博では、医学・生命科学やエネルギーや移動手段などの科学技術の観点から「いのち輝く未来社会のデザイン」が語られた。しかし、人類全体の問題として社会政策や国際政治、そして心の問題として「いのち」を捉え直すことが不可欠だ。単に科学技術の未来を考えるだけでは、決していのち輝く未来社会は実現しないであろう。

松山では高校生向けに胡蝶夢号出前授業をした(*1)。タイトルは「生命科学から『いのち』を考える」である。宇宙の歴史138億年、地球の歴史46億年、生命の歴史38億年、人類の歴史20万年、そして人生100年である。

人生は宇宙や生命の歴史などと比較すると一瞬である。この瞬間に私が生徒たちと話をしている、これは奇跡的な出会いであるといえる。この出会いを、この貴重な命・いのちを大切にしなければならない。

熊本では「インターロイキン6発見39周年:大阪府立羽曳野病院、熊本大学、大阪大学のトリプルリレー」と題した講演を行った。基礎研究が積み重なり、新型コロナウイルス感染症における治療に結びついたことは、研究者として望外の喜びである。

第2回となる胡蝶夢号の旅は「生命科学から『いのち』を考える旅」であり、同時に「平和」をいのちの問題として捉え直す旅となった。

生命の仕組みを研究室で追い続けてきた私が、いま旅を通じてもう一度「いのち」を見つめたいと思ったのには理由がある。

科学は、ミクロの世界や「命」を深く理解させてくれる一方で、自然の風景や人々の暮らしの中に流れる「いのちの気配」を説明できない。旅は、肌で感じる実感をもたらしてくれるが、その裏にある仕組みは教えてくれない。

だからこそ──科学の目と旅人の目、その両方で「命」と「いのち」を見つめる旅にしたい。そんな思いが、私を再びハンドルの前へと導いた。

今回の旅では、淡路島から四国へ、そして九州へ、松山、熊本、佐賀、長崎や広島など、多くの場所を訪れた。そこには「国が生まれた」という神話の土地があれば、「国が壊れた」という戦争の記憶の地もある。

古代から現代まで、「いのち」は守られ、時に奪われ、営々と受け継がれてきた。旅をしながら、私は何度も考えた。

「いのちとは何か。私たちはどこから来て、どこへ向かうのか」

それは生命科学の核心にある問いであり、人生を生きる上での根源的な問いでもある。

この本では、旅の風景と科学の知識、そして人との出会いや歴史の記憶が、一つの物語の中で胡蝶の夢の如く、曖昧模糊に交差するように描いていきたい。胡蝶夢号と風景を楽しみながら、どの箇所からでも自由に読んでいただきたい。

読者であるあなたが自分自身の「いのち」について少しだけ立ち止まって考えるきっかけになることを願って、私は静かに胡蝶夢号のエンジンをかけた。

最後のキャンプ地、帝釈峡では紅葉が鮮やかに色づき、太陽の光が眩しく輝いていた。多様性の壁を乗り越え、「調和ある多様性の創造」により、平和で心豊かな人類社会が訪れることを切に願う。